半夏生の季節に母を想う
「ペンパル」とのなつかしい思い出
まだ携帯電話もなく、人との連絡方法は
家の固定電話か手紙しかなかった昭和の後期に少女時代を過ごした。
小学生のころ「ペンパル」という言葉が流行ったことがある。
「ペンパル」とは、英語の「pen(ペン)」と「pal(友達・相棒)」を
組み合わせた造語で、文通友達のことだ。
筆まめだった私は、
会ったこともなく行ったこともないところに住んでいる
同世代の女の子と文通をした。
内容は趣味や好きな芸能人など、たわいもない話だった。
何度か往復したが、
いつの間にか、手紙のやりとりは途絶えてしまった。
もう名前も思い出せないが、
幸せに暮らしているだろうか。
90年代には、持ち運べる携帯電話が登場し、
サイズもこの30年でポケットに入る位小さくなった。
平成時代にあっという間に普及し、
最近は新年の挨拶もスマホで済ませる人が増えてしまった。
子どものころから楽しみにしていた
お年玉付き年賀状で当たったのは、年賀切手だけだったが、
特別感があり今でもコレクションしてある。
夏の暑中見舞いの葉書には、
見るだけで涼しげな風鈴やスイカ、うちわなどの絵柄があり、
それを選ぶ楽しみもあった。
日本の良き文化だ。
令和になり、残念ながら、私も多くの人と同じように、
すっかり手紙を書く習慣がなくなってしまった。
大切な人に手紙を書く
私は子どものころから文房具店が好きだ。
お気に入りの店には、思わず何か書きたくなる
魅力的な和柄のノートやレターセットなどが置いてある。
先日ふと立ち寄った時、
涼しげな緑と白の半夏生の葉が描かれた一筆箋に目が留まった。
思い浮かんだのは、数年前に亡くなった母の顔だった。
ちょうど今、自宅の庭にも生えている。
母が生前、半夏生を見ると夏が来た感じがして好きだと言っていたのだ。
この一筆箋で母に手紙を書いたら喜びそうだなと思った。
送り先は天国、住所は空のどこかわからない。
それでも書きたくなった。
というのも、私には悔いが残っているのだ。
生きているときに、もっと優しくしてあげればよかったと、
今でもくよくよすることがある。
母のガンが発覚して、わずか2か月足らずで逝ってしまうとは
夢にも思わなかった。
母と過ごしたモンゴルの夏
私は若い頃、怖いもの知らずだった。
海外に1人でバックパックを背負って一人旅をしたり、
ボランティアとして開発途上国に長期滞在したりして、
家族に心配をかけた。
今でも覚えているのは、
モンゴルでボランティア活動をしていたときに、
母と妹が訪れてくれたことだ。
知り合いのモンゴル人家族と一緒に
草原へ出かけた。
遊牧民のゲルという移動式テントに泊まらせてもらったが、
夜は昼とは違う寒さに震えた。
食事は、羊をまるごといただく。
血を一滴も大地に落とさず羊を解体する。
遊牧民は、自然と共に生きている。
水は近くの川から汲んでくる。
大地は耕さない。
鞍のついていない馬にも乗った。
ふだん近場の温泉くらいしか出かけない母にとっては、
驚きの連続で、最初で最後の海外旅行は
大冒険だったに違いない。
数日の滞在だったが、帰った後はさびしくて、
ベッドに残っていた母の香りをかいだ。
書くことで、気持ちが浄化されていく
泣いたり笑ったり怒ったり、
感情豊かな母の表情を瞼の奥に思い出しながら、
手紙を書き始めた。
親不孝を謝った後は、
不思議と感謝の気持ちがあふれてきた。
言葉で射ると書いて「謝」と書くが、
精神の緊張をゆるめ、心の安定を得るという意味らしい。
言葉にして初めて相手に伝わる感謝となる。
「ありがとう」の語源は「有難し」。
当たり前ではない命に感謝し、
自分がちっぽけな存在に見える日も、
前を向いて生きていこう。
書くことによって、
鬱々とした気持ちがすっきりと浄化されてきた。
人はこうして書くことで想いを伝え、
心の整理をしてきたのかもしれない。
出すことのできない手紙だが、
書き終わったとき、
身も心も、すーっと清々しい風が吹いた。
庭の半夏生の白い葉が風に揺れて
私に語りかけてくるようだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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🌈表紙はGemini
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