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国宝を語ろう 1年経った今だからこそ、伝えたい光と闇

はじめに


 国宝と言う映画を知らない人は恐らく、いらっしゃらないと思います。かく言う僕もその一人でございました。
 絶賛配信中や絶賛映画館で公開中の本作。公開から1年経った今だからこそ、語りたい本作の魅力を今更ながら、語り尽くしたいと思います。
 ネタバレありの内容ですので、ご容赦頂けるととても助かります。

 この作品を一度だけ、映画館で鑑賞しました。その一度だけでだいぶ、濃密な映画だったことを魂に刻み込んでいます。
 たった一回の景色なので、記憶違いがあるかもしれない面はどうか、お許しくださいませ。

 そんな実写邦画興行収入第一位を塗り替えた国宝を僕個人の視点で語って行こうと思います。

一つ目のポイント ジェットコースターみたいな展開

 とにかく、物語の乱高下が激しい。天国と地獄の繰り返し過ぎて、見ていてとてもしんどい気持ちが強くなります。
 僕自身、本当はもう一度鑑賞しようと考えていました。しかし、その夢は叶いませんでした。その背景にあるのは、余りにも生々しい世界観であるが故の恐ろしさと申しましょうか。

 初手からきついんですよ、初手がね。主人公の𠮷沢亮さん演じる喜久雄はヤクザの一人息子でした。その父親を抗争で亡くすという所から始まるのです。これだけでも、相当胃が重たくなるというのに、敵討ちに乗り込むという怒涛の展開からスタートします。
 中学生時代の喜久雄を演じた黒川想矢くんの演技がとても良かった。田中泯さん演じる人間国宝・万菊さんの言うように、その顔が呪いになるという美貌を体現していました。
 個人的にしれっと、長崎出身だった喜久雄の母親が原爆後遺症で亡くなる所は、余りにもしれっとだったので、其処流していいの?とは思いました。本筋とは無関係だから、いいのだけど。

 其処から、渡辺謙さん演じる花井家に入り、歌舞伎をスポンジのように吸収していく喜久雄。それは名家で幼い頃より、歌舞伎を学んで来たもう一人の主人公・俊介にとって、苦痛となって、襲い掛かって来ます。

 そんな感じで、喜久雄と俊介。2人の人生が平等に幸せだったのは、最初辺りで、どっちかが幸せで、どっちが不幸みたいな展開が交互に続いて行きます。
 元々、分厚い小説二巻分の内容なので、カットした部分もさぞかし、多い物かと思われます。それを約3時間の映画に落とし込むことは正に狂気の沙汰としか、言い様がありません。
 とにかく、年齢を重ねるスピードと時代感、途中から割り込んで来た血を持たない喜久雄に対して、徐々に当たりがきつくなる寺島しのぶさん演じる幸子の演技等、とにかくジェットコースターみたいな約3時間の内容です。

 これを25回鑑賞した猛者がいるらしいのですが、きっと、それ以上に鑑賞している人も世の中には沢山いるのかもしれません。
 僕は文字通り、そのジェットコースター一回で充分な人間でした。その一回に命賭けて、乗車、死に物狂いで飲み物にも口をつけずに鑑賞していました。
 その結果、胃が破裂しそうな勢いの鈍痛と何かを極めることの大変さ、恐ろしさ、何かを捨ててでも成したいものが其処にはあったという気持ちに嘘はございません。本当に大好きな映画の一つです。
 その為、この映画を複数回鑑賞できる方はどのような気持ちでこれを鑑賞していたのでしょうか?結構、グロテスクでトラウマになりそうな内容をどうしたら?とは考察してしまいます。PG12指定ですからね。
 勿論、一回見ただけでは分からない場面が余りにも多すぎる為、それを回収するという意図は映画を何度も見る人間なので、理解しているつもりです。
 理解出来るからこそ、この映画をリピートしようという方の気持ちに寄り添えない僕を許して下さい。見たい気持ちがあったけれど、もう、傷つきたくないというのが、根底にありました。
 そして、子連れで観る映画なのかな?と言う位には、気まずい場面が多すぎた気もしますね。今の子供は何だって、調べているから、バカに出来ないとは考慮すべきとはいえね。

 創作物に本気で感情移入するタイプの人間なので、余計に心に来たんだと思います。もう一度という気持ちとやめようのシーソーゲームの結果、やめようが全勝した結果が僕です。
 何度も鑑賞するのが、悪いとか、良いとかの問題ではなく、感心の意味でこの発言を申しております。捉え方によっては、不快と思われるかもしれませんが、誤解の無いように。

二つ目のポイント 糖尿病怖い

 一番の恐怖シーン・糖尿病怖いです。これがガチで一番怖いなと思いました。
 渡辺謙さん演じる花井半次郎と横浜流星さん演じる俊介の死因は糖尿病でした。度重なる不摂生な生活が祟ったのか?皮肉なことに親子二代に渡って、糖尿病が原因で亡くなってしまいます。
 目が見えなくなっても、脚を切り捨ててでも、歌舞伎に賭ける思いの装置として、描かれているとは思うのですが、本当に気をつけないといけないと心から誓った次第です。
 とても、自分事とは思えなかったので、健康が一番大事なんだなと思いました。誰かも仰っていましたが、最後に勝つのは健康な人間なんだって。

 リアル糖尿病の話を抜きにしても、半次郎さんの演技は圧巻だったし、曾根崎心中の俊介の演技には完全に魅入られてしまいました。

 とにかく、今一番言えることは糖尿病には気をつけようということで。これは本当に大事です。この映画は糖尿病啓発映画だと思っているので。

三つ目のポイント 完全なまでの男社会

 某声優ラジオにて、この作品の話をするとラジオが終わるというレベルでの職業差別についてのお話しがありました。

 確かに歌舞伎の世界と言うのは、美しく華やかな世界に見えて、とてつもない実力と血統を遵守する世界と言うことには間違いありません。
 その上で、女人禁制と言う今の時代では色々うるさそうな内容を真正面から、忖度無く描いたからこそ、評価された部分も大きいのでは無いでしょうか(伝統として現在もプロの歌舞伎俳優(公益社団法人日本俳優協会に所属する正会員)は男性のみです。一方で、女優の出演が法的に禁止されているわけではなく、大歌舞伎の舞台に女性が立つこともあります。たとえば、2023年に歌舞伎座で上演された『文七元結物語』で女優の寺島しのぶさんがメインキャストとして出演するなど、歴史的な公演も実現しています。)。
 これはドラマの方が?と仰る方も多いと思いますが、昨今のドラマは予算不足とコンプラ意識の高まりと言うありふれたワードの羅列を申すと絶対に地上波では無理筋が過ぎる気が致します。
 正直な話、ドラマで鑑賞したい気持ちも僕にはあります。それ位、あの映画は良い映画だったので。
 仮にやるにしても、地上波では不可能。配信プラットフォームでやれる位のレベルじゃないと無理だと思われます。

 話を男社会と言う所に戻しますが、本当に苦しい場面の一つと言えば、半次郎と言う後ろ盾を失い、血統すら持たない喜久雄が誹謗中傷に遭うことに。
 何を乱心したか、喜久雄は森七菜さん演じる大物の娘・彰子と関係を持ってしまいます。それが災いし、その娘と共に地方を回る羽目になります。
 しかも、彰子は急に消えるから、何だよとは思いました(原作では最後まで付き合うそうです)。

 それに限らず、喜久雄が見上愛さん演じる藤駒と関係盛ったりと女性に対する扱いが余りにも酷かった所が全面に出ていました。実際の歌舞伎役者も色々問題起こしているから、人の事言えないと言われたら、そうなんだけど。
 本当に大歌舞伎と言う男性が全ての世界に於いての女性の地位が完全な裏方ばかりで、観る人が見たら、女性軽視だと騒がれても仕方ない内容だったと思われます。
 逆に言えば、そんな内容であっても、リアリティがあるということで様々な賞を総なめにしたということは、其処でキレる人は少数と言うことなんでしょうか?あくまで個人の意見です。

 女の人の扱いが余りにも粗雑なんだけど、それに対する意見よりも、歌舞伎に全てを捧げることでしか、自らを救済出来なかった男達の悲哀の部分と美しさに魅了されている気がしてならない作品。
 それが国宝と言う作品の面白さかもしれません。

 ある意味、ドラマや通常の映画では見られないような、黒い部分を臆面もなく、全部出し切ったからこそ、この作品は認められたということなのでしょうか?そうでもなきゃ、こんなにも愛される作品にはならなかったということですから。
 その為にどれだけのスポンサーやら、何やらを説得したかと思うととんでもない映画だなと言うことはご理解頂けると思います。

 一番凄いのは、その全てにちゃんとした筋道があって、物語として、成立しているという所がこの映画の凄い所かもしれません。
 最後の場面の喜久雄の娘こと、瀧内公美さん演じるカメラマン・綾乃がこんなにも味を利かせて来るとはね。
 あの場面は誰も人間として、見てもらえなくなった喜久雄をちゃんと肯定してくれる場面なので、印象的な場面の一つでもあります。

 意味があるシーンでは無いからこそ、男社会であって、女は裏方であるべきと言う考えが染みついている大歌舞伎の世界の歪な構造に惹かれたのかもしれません。
 しかも、質が悪いのが、血統と後ろ盾がないと歌舞伎に立てないというのが、アカン世界と言う所。
 とある記事で聴いた話だと、血統あっても、舞台に立てない役者も居るというので、実力主義と言うのは、分かり易くて気持ちが良いと言えばいいんですけどね。

 国宝を鑑賞しているとどうしても、何の血も持たない人間は淘汰されるという誤解を招きかねないという意見の人がいてもおかしくないし、後ろ盾がないとやっていけないというパワーバランスがどうかしている等、突っ込もうと思えば、突っ込める所も本作の魅力かもしれません。

 それが全てとは思わないし、正義と言う訳ではないのも重々理解しているつもりです。そうと理解していても、やっぱり、純粋に実力だけじゃダメなんだという考えにも至ってしまいます。
 後ろ盾が無ければ、歌舞伎一つ舞えない世界と言うのは、余りにも現実世界と乖離し過ぎている気がしてならない。

 実際のテレビや映画、CМだって、何かしらの権力機構が存在し、そのパワーによって、回転していることを思えば、何もおかしいことではないというのも、熟慮しているつもりなんですけどね。

 血統を重視するのは、分かります。幼い頃より厳しい鍛錬を積んで来たからこその歌舞伎だから、急に出て来た余所者が良い顔するのが許せないのは、分からなくもありません。

 歌舞伎と言う世界が余りにも現世と乖離した結果、歪な権力構造を産んだ闇がデカすぎて、視聴者は綺麗な所ばかりに目が向いているのが、この作品の面白い所であり、駄目な所だよね。
 それがさも当然で、疑問も抱かない所が清々しいよね。マスメディア全部を追っているわけじゃないけれど、その部分に対する話題は一ミリも触れられてない所を鑑みると余計にそう思う。
 安易に触れられないと言われたらそうだし、美談として順風満帆とか表現されている所とかを慮るとそうなんだけど。どう見ても、波乱万丈やろ。

 だからこそ、Netflixでアングラ系の作品ばかりが、人気になるのも頷ける気がします。
 皆、本当はこの世界の闇を心から愛しているんだよ。純粋なまでにこの消費社会が生んだ闇を心底、愛しているんだよ。
 ただ、闇を見たい訳じゃないの、綺麗な闇が見たいの。現実に起きているような政治的ではなく、尚且つ何処か、俗世と隔絶された他人事であっても、何の特別でもない闇を。

 鬼滅の刃もそうだけど、どうしてこうも、人を惹きつけるもの作品は何かしらの闇を内包していないといけないのかなぁ?みんなが笑って楽しい作品ではなく、闇に輝く一筋の光明に惹かれる物語なんすかね?

 とんでもないド偏見を申しますと複数回観た人はこの歪んだ社会構造について、どのような見識で見ているのでしょうか?
 僕自身は、正直、娯楽作品なので、その部分を深く考察していたわけじゃないけれど、それ抜きにしても、勇気のいる映画だなとは思った次第です。

四つ目のポイント 好きな場面

 ここからは、ベタに国宝ですきな名場面を紹介したいと思います。
 すいません、シンプルにホテルの屋上で舞う喜久雄が一番好きです。本当にこんな記事、腐るほどに存在しているんだろうけれども。

 地方回りを彰子と共に回ることになった喜久雄。時に女形だからと馬鹿にされたり、俊介の活躍に嫉妬したりと完全に地に堕ちた彼が、一人舞うあの場面が頭に焼き付いて、離れませんでした。
 吉沢亮さん完全アドリブのあの演技はどれだけ、地の底であっても、芸だけが助けてくれると縋っているあの場面が心に焼き付いて離れませんでしたね。
 ただ、こんなに苦しんでいるのに、わけが分からない彰子はここでフェードアウトしてしまうのも、切ない場面でもあります。
 この場面の喜久雄の笑みは、ジョーカーを彷彿とさせるような不気味な笑み、壊れても尚、自らの道をまい進する男の姿と言う常人には理解出来ない世界が其処には描かれていました。

 この場面を見る度に胸に去来するものがあって、この場面を様々な所で見る度に吉沢亮さん凄いの一言しか出て来なくなっちゃうんだよなに尽きた。

 そんなこんなあって、万菊さんの後ろ盾を獲得することにより、再び舞台に立つ喜久雄ですが、毎度思うのは、よくもまぁ、あんなにメディアでぼろ叩きしておいて、普通に歌舞伎やらせるよなと言う世間の冷たさかよ。
 その部分には触れないし、時間も無いけれど、違和感しかなかった。人間って、薄情で愚かと言う気持ちばかりが募って来た場面です。

 個人的に田中泯さん演じる万菊さんが好きですね。元々が舞踊家で、これまでも数々の作品でその演技を披露して来た泯さんの最高傑作では?と思う舞が忘れられません。
 あの人がいたから、何とか、俊介も喜久雄も救われたと思うんですけどね。
 好きな人は少ないかもしれないけれど、渡辺謙さん演じる半次郎さんが好きなんすけど、果たして、いるのかなぁ?

 化粧を上手く出来ない喜久雄に、俊介がやってあげる場面も好きです。
 俊介が本当なら、主役を演じるはずだったのに、喜久雄に対して、八つ当たりしてもおかしくない場面であっても、優しく化粧してあげる優しさが心に沁みる場面も忘れられません。
 とにかく、喜久雄と俊介の関係性が凄く好きです。どちらかが、欠けてもダメだったけれど、2人は最強みたいな関係性がこの作品の一番いい所じゃないのかな?
 これで俊介がすっごく憎たらしい嫌な奴だったら、どれだけ良かったかとも思うし、喜久雄はやっていることはクズ同然なんだけど、自分には芸以外なにも無かったからこそ、しがみついてでもやり遂げようとする強さのバランスこそが、国宝と言う作品を形作ったと僕は考えるのだけども。

 他にも、好きな場面が多い国宝ですが、皆さんはどの場面がお好きでしたか?
 自分の語る国宝名場面はあまりにも、大衆的過ぎた気がしますが、それはそれでよしとしましょうか。

五つ目のポイント 歌舞伎の面白さ

 凄い一番に話さないといけないのは、国宝をきっかけに歌舞伎ブームが到来したことです。皆さん、聖地巡礼と言わんばかりに、演舞場での公演を観に行く人が増えた話はあまりにも有名。
 メディアも殊更に国宝国宝言うようになったりと時代の潮流を生み出した国宝。

 日本の伝統・歌舞伎の面白さは様々な人々に伝播し、伝わったものと思われます。
 一番好きな演目は、曽根崎心中でしょうか。物語中盤、後半で描かれるこの演目が何とも、切ない以外の言葉を持ち合わせない自分の語彙が憎いです。

 曾根崎心中の概要

 お初は、他の人に見つかっては大変と徳兵衛を縁の下に隠す。そこへ九平次が客としてお初のもとを訪れるが、お初に素気無くされ徳兵衛の悪口をいいつつ帰る。徳兵衛は縁の下で九平次がお初にしたり顔で語る騙し取った金の話に怒りに身を震わせつつ、縁の下から出てきた時にお初に死ぬ覚悟を伝える。やがて真夜中。お初と徳兵衛は手を取り合い、曽根崎の露天神の森、冥途への旅の始まりとなるところへ、あたりに気取られないよう道を行く(道行文)。互いを連理の松の木に縛り覚悟を確かめ合うが、最期に及んで徳兵衛は愛するお初の命をわが手で奪うことに躊躇する。それをお初は「はやく、はやく」と励まして、遂に短刀でお初の命を奪い、終に返す刃で自らも命を絶った。

(ウィキペディアより一部引用)

 この場面の終盤の方の俊介演じるお初の足が義足であること。徳兵衛が足を抱き寄せるあの場面の切なさはないですよね。
 最終的にお互い、死んでしまうと言う演目に沿うように、俊介は最期まで演じ切り、この世を去ってしまいます。
 あの時のスタッフたちの動きや三浦貴大さん演じる竹野さんの救急車回しとけが何か、カッコ良かったです。
 そして、この場面で国宝を一度見たら、頭から離れない名セリフ第一位こと、死ぬる覚悟がぁ~の場面。ネタ要素としても、感動的要素としても、国宝で一番忘れられない所かと思われます。

 実際の歌舞伎でこんなことが発生したら、マジでどうなるんだろうと言う話は捨て置いて、俊介も自らの最期を悟りながらも演じた曽根崎心中と思うとやり切れない思いです。糖尿病、怖い。

 他にも、二人藤娘と鳶娘もいいですよね。二人藤娘は、喜久雄と俊介の関係性が色濃く反映されていたり、どうしてもトラブル挟まないと出来ないのかと言う鐘の場面が好きだし、それでも一度舞台に立ったら、最後まで踊り続けなければならないと言う矜持を見せられた場面でもあります。
 そして、鳶娘の雪が舞うあの場面。様々な苦難困難を超えた極致に辿り着いた喜久雄が、観たあの景色は父親を亡くしたあの始まりに繋がっていたと言うのが、またね?
 あの時の拍手が止まらないあの場面は、正に喜久雄が神になったあの瞬間は本当に感動的だったよねぇ。本当にあの場面は心震えたよ。
 鳶娘は万菊さんも演じていますが、こちらの方も本当に人間国宝では?と思う演技で魅了して来るので、こちらも推したい場面です。

まとめ

 キャラクター:9 ストーリー:10 演出:9 音楽:8 主題歌:8
 マーケティング:10 画質:8 メッセージ性:9 愛情:9 技術:10
合計:90点

 個人的な僕の採点です。もう一度見たいと思えなかった所が響いているんですかねぇ?そうであっても、名作であることには変わりないのですが。

 本当にあの1度だけとはいえ、こんな覚悟が凝縮した映画が、評価されるこの時代に生まれて良かったです。その一言に尽きます。
 昨今の映画業界、特に邦画実写は如何せん、ヒットしない環境が多い中で生まれた本作。背景にあるのは、安易な漫画実写、ごり押しのアイドル、俳優で彩られた作品が飽和状態。有名監督の作品ばかりが、スクリーンを支配し、新興勢力が中々生まれない土壌が当たり前の昨今に於いて、口コミから見たいが広がった本作は時代の移り変わりを予感させる映画となりました。
 調べてみたら、一応、番宣で出演している役者さんが結構いたんだと言うことには衝撃を受けました。意味がないと断言するつもりは毛頭ありませんが、大SNS時代に於いては、難しいの一言に尽きるのではないでしょうか?
 面白い邦画は存在します。映画館に行かない人が増えていると言われていますが、最高益を出しているので、幻想です!だったら、何が問題かと言われると好きな人だけが異常に集まる場所になっているのかな?と言うのは、余りにも極端なお話しかもしれないけれど、一つかもしれない。
 映画館と言う場所は、対価を求めると言うこのハードルがやはり高い気が致します。其処を求めると一気に冷める気がします。
 対価に見合う見合わないを楽しむのではなく、映画館と言う言う特別な空気を味わう場所ではなく、皆大好き推し活の舞台になってしまったのも、背景にあると思われます。
 アニメばかりが悪目立ちする癖に、アニメは下と見下す映画ファンも多いので、あんまりなことは言えないのだけども。アニメと邦画の違いの比重は大きいのかな?とは予想します。それだけじゃない外部要因も多聞に含まれると思うのだけど。
 その中で国宝は「踊る大捜査線THEMOVIE2」の邦画興収を超えて、第一位に昇りつめました。だからこそ、今の邦画実写には期待したいけれど、それまでを蔑ろにして来た結果、偶然から生まれた奇跡で終わらせないことだけを祈りたいです。
 興行収入だけが、絶対的正義とは申しません。そうでなくても、面白い映画は存在するので、其処ばかりに目を向けず、自分がこれが良いと思える映画にこれからも出会い続けたい思いに変わりありません。
 映画大好き人間としては、国宝のような作品ではなく、国宝を超えるような映画に巡り合いたいし、出会いたいといつも心より願っております。

 僕がそもそも、国宝を鑑賞しようと思ったきっかけは、正月辺りにやっていた予告がそもそものきっかけだったんですけどね。
 どうしても、観に行きたいと言う欲に駆られた作品でもありました。その本能は大正解だったのですが、残念なのは初週ではなく、少しずつ話題になり始めてからと言うのが、何とも情けない限り。これじゃあ、にわかと変わらないじゃないかと言われたら、それまでにございます。

 本当にこの映画は劇場で鑑賞することで、完成する映画と度々、報じられて来ましたが、本当にそうだと思います。
 合う合わないは別として、劇場の大スクリーンで鑑賞する国宝の輝きは本当にとんでもないので、観に行けるなら、最初映画館で、気になったら、配信と言う一手が一番いいと今は考察します。もうすぐ、劇場公開が終了してしまうので、今更ではあるのだけど。

 一番伝えたいことは、人間は此処まで何かを捨てることが出来るのか?と言う究極の狂気。家族も親友も何もかも、踏み台にしてでも、辿り着きたかった景色が其処にはあった。
 その全てが綺麗事として、片づけるのではなく、紆余曲折を経ての今だからこそ、人間国宝と言う言葉に重みが出るのかもしれない。
 芸だけがあなたを助けてくれると言う花井半次郎さんの言葉がちゃんと結実する形になるのが、とても感動的ですけれど。

 だからこそ、ラストの藤駒の娘さんこと、綾乃さんのあの場面で終わるのは、救いだったと思います。
 どんなに嫌われても、どんなに最低な人間であっても、やはり、肯定してくれる人がいることの有難さには敵わないと思うわけで。
 そして、流れる原摩利彦 feat. 井口 理さんの「Luminance」のカタルシスが素晴らしい。これを持って、この物語が完成すると言っても過言ではありません。
 本当に素晴らしい174分をありがとうございました。この気持ちを忘れることなく、これからも強く生きて生きたいと思います。

 この映画に出逢えた奇跡に感謝を、この映画を制作した演者・スタッフ全員に愛を込めて、この記事を締めさせて頂きます。
 最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。

















おまけ

 この番組の未公開場面の寺島しのぶさんがぶっちゃける所が一番面白かったです。
 梨園の娘として、産まれたものの、女性であるが故、舞台に立てない彼女だからこその血筋血筋ではなく、もっと実力で勝負させろよと言う言葉は笑ってはいけないけれど、本当にそうなんだろうなとは思いました。
 その為には、本当の才能が必要とは分かっているけれど、そうであって欲しいと言う言葉を聞くと歌舞伎業界に相当、想うものがあるんでしょうね。
 梨園の娘であっても、それに挫けることもなく、役者の道を歩む、寺島しのぶさんには尊敬しかないし、梨園の妻を演じた彼女が良くも悪くも、観て来た景色を再現しているからこそのリアリティがあって、女将さんはけっこう、好きなんだよなぁ。
 そもそも、あの映画に演技が下手な人が誰一人存在せず、全員が本当に演技上手いと言う奇跡みたいな映画と言うのも、強いよな。どうしても、映画は1人だけ下手ということは絶対数存在するので。

 難しいことであって、幼い頃の下積みが無いと実現しないことかもしれませんが、才能でのし上がる歌舞伎役者が演じる舞台、是非とも鑑賞したい限りですね。


 

 


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