娘の結婚のために、丸投げな見合いを勧める母と川へ石を投げる父の話
二十代も半ばを過ぎた頃、親が勝手にお見合いを決めてきた。
娘である私が、結婚する気配どころか、付き合っている人もいないように見えたからだろう。さすがに焦ったらしい。
マッチングアプリなど影も形もない時代の話である。
お見合いといえば、仲人がいて、両家の親が付き添って、高級料亭で向かい合うものだと思っていた。せめて美味しい会席料理でも食べさせてくれるなら、空腹を満たすという目的で妥協もできる。
ところが親が用意したのは「相手が迎えに来るから、二人でどこか行ってきなさい」という、丸投げという名の最悪な段取りだった。
本気で結婚させたいなら、もう少しお膳立てというものがあってもいいのではないか、と内心思ったが、すでに約束は取り付けられていた。
仕方なく、その人と出かけることになった。
約束の日、相手が車で迎えに来た。そしてやってきた人の第一印象は、「真面目そう」のひとことだけだった。本当に結婚相手を探しているのだろうな、という空気がある。そんなふうに真剣にお見合いに向き合っている人の前に、まったく気のない私が出てきてしまって、少し申し訳ない気持ちになった。
車に乗ってから「趣味は?」と聞かれたので、私は波風を立てないよう「読書ですかねえ」と、これ以上なく無難な球を投げ返した。
すると「じゃあ古本屋街に行きましょう」と言われ、なぜか古本屋を何軒もはしごすることになった。
本屋というのは、基本的にそれぞれ勝手に本を探す場所である。並んで歩くわけでもない。会話も特に弾まない。店から店へ移動するときと、昼ごはんのときに少し話したくらいだった。
こういうときでも、相手に不快な思いはさせたくないので、営業用の笑顔だけは忘れない。一日が終わるころには、「与えられた課題をなんとかこなした」という気分だった。
後日、相手から「また会いたい」と連絡があったが、丁重にお断りした。会話が盛り上がった訳でもなく、上っ面な対応をしていた私の、どこにもう一度会いたいと思う要素があったのかわからなかった。何か月か後、その人が結婚する相手を見つけたと聞いたときは、無駄な時間を過ごさせてしまった後ろめたさがあったので、素直によかったと思った。
これでお見合い騒ぎも終わるかと思ったが、そう簡単にはいかなかった。
今度は母が近所の知り合いから「息子がまだ独身だ」という話を聞きつけ、先方の母親とすっかり盛り上がってしまったらしい。気づけばまた会う約束ができていた。
しかも、いつ撮ったのか自分でも知らないスナップ写真を、勝手に相手に見せていた。
休日が潰れる。
そしてまた、いきなり二人きりで出かけることになった。
なぜ結婚してほしいと言いながら、会わせるところまでで力尽きて、その後をすべて本人任せにするのか。せめてそれらしいお膳立てをしてくれてもいいのではないか、とまた思う。
とりあえずお茶を、ということになり、入ったのがドトールだった。
ドトールて。
いや、ドトールが悪いわけではない。普段なら全然かまわない。しかし、いちおうお見合いという名目で、相手と行く場所としては、どうなのだろうと思わないでもない。
とりあえずコーヒーを注文し、向かい合って座る。すると相手が言った。
「結婚する気、ないんだよね」
清々しいほどに、お互い様であった。
つまりこれは、結婚適齢期で独身の子どもを持つ母親同士が盛り上がっただけで、本人たちはどちらも乗り気ではないということだった。だからだろう。二人でワンコインで済むドトール。食事すらしない。
初デートでサイゼリヤのほうが、まだ誠実さを感じる気がする。
私も断るつもりだったが、ここまで「無駄なものには金も手間もかけない」という潔い拒絶を見せられて、いっそ気持ちがいいくらいだった。
コーヒーを飲み、二時間ほどで解散した。
結婚する気がないのなら、最初から断ればいいのではと思うかもしれない。
最初から気がないのに会っていたのは、会わなければ、親の期待は終わらないからだ。
そんな確率はかなり低いのだけど、とにかく会えば何かが変わるのではないかと期待していた。会う前に断れば、また別の話が持ち上がる。だから「会っても無駄だった」という実績を積み上げていくしかなかった。
この2回の空振りで、どうやらようやく気づいたらしく、その後は不意打ちのお見合いのようなものはなくなった。
とはいえ、結婚の圧は完全に消えたわけではなかった。主に母からだったが、父も思うところがあったらしい。
長期休暇で実家に帰ったとき、母から妙な話を聞いた。
父が「川へ行き、後ろ向きのまま石を投げ入れる」というのを二回すると、娘が結婚できる、などというおまじないをどこかで聞きつけ、本当に実行してきたというのである。
正直、耳を疑った。
確かに実家の近くには川がある。しかし川遊びができるような場所ではなく、商業用水として流れているような川である。そんなところまで行き、石を投げていたらしい。
もっと他にも投げる時の作法があった気がするが、聞いた時の衝撃が大きくて、脳が拒絶したのか、あまり記憶に残っていない。
東京の有名な私立大学まで出て、それなりに大きな会社で部長職まで勤めてた人が、そんな眉唾の話を真面目に信じて実行する。
そこまでしないといけないほど、未婚の娘というのは不安な存在なのだろうか。私のことを思っての行動なのだろうが、嬉しいというより、なんとも言えない気持ちになった。
家の中に見たことのない真新しい壺が並び始めたら、説得するための本格的な対策をしようと思っていたが、どうやらそこまでではなかったらしい。父にも一応、理性はあったようだ。
両親にとっては、結婚して子どもを産み、家族を作るのが当たり前の人生だった。そういう時代に生きてきたのだから、その考えを否定するつもりはない。
ただ、それがそのまま私の幸せだと疑わずに思い込まれるのは、なかなかつらいものがあった。
結婚してほしいと思うわりに、私が何を望んでいるのかを聞かれたことはない。ただ、なぜ結婚しないのかという圧だけが続く。あの頃は、なかなか耐えがたい時期だった。
少し前から私は実家を出て、一人暮らしを始めていた。理由はいくつかあるが、その空気から逃げたかったというのもあったのかもしれない。
離れて暮らすようになってから、さすがに露骨なプレッシャーは減った。それでも三十過ぎまでは、孫の話をほのめかされることがあった。そのたびに、気づかないふりをしてやり過ごした。
そのうち、親の周りでもいろいろな話が耳に入るようになったらしい。結婚しても離婚したとか、夫婦仲がよくないとか、嫁姑の問題とか、そんな話である。
結婚すれば必ず幸せになれるわけではない、ということに、どうやら少しずつ気づいたようだった。それからしばらくして、親は言うようになった。「どんなふうに暮らしていても、あなたが幸せならそれでいい」
結婚の圧が始まってから、六年以上は経っていた。私は別に独身主義というわけでもなかった。ただ、あまり興味がないまま、ここまで来てしまっただけである。
あの日、ドトールでコーヒーを飲みながら「結婚する気はない」と言い放ったあの彼も、今頃どこかでせいせいとした顔で暮らしていればいいな、と思う。どんな顔をしてたのか、今ではもう全く思い出せないけど。
