『平行と垂直』を観て。ASDを抱える私が、書道家になれた日を思い出す。
見慣れた堺の景色が、スクリーンの向こうに在りました。
安田章大さん・のんさんが主演を務める映画『平行と垂直』。舞台が、私の活動拠点であり、生まれ育った「堺」だと知り、公開初日、夫と映画館へ足を運びました。
スクリーンに綾野町周辺の景色が映し出された瞬間、私の心は、長いあいだ蓋をしていた記憶の底へ、一気に引きずり込まれていきました。
私はずっと、世界とうまく交われない子どもでした。

みんなと同じように笑って、同じようにできているつもりでも、どこかで一本、線がずれている。頑張っても頑張っても、周りとぴったり重なることがない。まるで、隣を走っているのに決して交わらない「平行線」のように、私はいつも、少しだけ世界からはみ出していました。
そんな孤独な私を、唯一支えてくれたのが、母の勧めで3歳から続けていた「書道」でした。
どれだけ私が不器用でも、書だけは私を否定しませんでした。頑張って筆を動かした分だけ、真っ直ぐに応えてくれる。言葉にできない気持ちと無心で向き合うその時間が、崩れそうな私の心を、そっと繋ぎ止めてくれていたのです。
映画の中に、忘れられないシーンがありました。母親が作る四角い卵焼き。
いちばん辛かった時期のことを、思い出しました。
生きているのがどうしようもなく苦しくて、私は本気で、この世界から消えてしまおうとしていました。誰にも言えませんでした。言葉にする力さえ、もう残っていませんでした。
そんなある日のことです。いつも明るくて、私の前では一度も弱音を吐かなかった母が、何かを察したように、声をあげて大泣きしたのです。
理由を問い詰めるでも、励ますでもなく、ただ、泣いていました。言葉にしなくても、家族には何かが伝わっていたのだと。この人は、私が思っていたよりもずっと深く、私を見てくれていたのだと。
母は、励ますのが得意な人ではありませんでした。だから、うつむいて帰った日には、決まってハンバーグを焼いてくれました。少しいびつで、少し焦げていて、でも世界でいちばん温かいハンバーグ。
映画の四角い卵焼きと、同じでした。うまく言葉にできない想いを、母は、あのお皿にのせていたのかもしれません。
不器用で、まっすぐな愛情を。あの涙も、あのハンバーグも、私を「消えないで」とこの世界に繋ぎ止めていた手だったのだと、今ならわかります。
高校を卒業し、少しずつ心の傷が癒えていく中で、大きな転機が訪れます。
今の夫との出会いです。

映画の中で大貴と生きる妹のように、彼は、私の最大の理解者になってくれました。ある日、実家に飾ってあった私の書道作品を見て、生きづらさを抱えたままもがいていた私に、彼はこう言ってくれたのです。
「"普通の人"と同じようになろうとせずに、自分の得意なことを磨けばいい」と。
誰かと関わろうとする度に拒絶され続けてきた人生でした。度重なるいじめによる転校や、職場で過呼吸になり気を失ったこともありました。
何気ない彼のその一言で、誰とも交れず平行に走りつづけた「私」が「世界」に交わることができるようになりました。
今、私は書道家として生きています。
正直に言えば、今も器用な人間ではありません。迷うし、比べてしまうし、うまくいかない日もたくさんあります。パニックになることもなくなりません。
それでも、筆を持つと、あの頃の自分に戻れます。頑張った分だけ、真っ直ぐに応えてくれる、あの感覚。私を否定しなかった、あの白い紙の上へ。
消えようとしていた私が、今、こうして生きて、筆を握っている。それは、泣いてくれた母がいて、支えてくれた夫がいて、私を否定しなかった書があったからです。

いろいろ思い出してしまいました。
このような素敵な映画が、私のこれまでの人生を受け止めてくれた堺市で撮影されたということが何よりも嬉しく感じました。
「せっかくだから、初日に見に行こう」と仕事終わりにレイトショーに連れ出してくれた夫に感謝してこの文章を締めくくります。
