見出し画像

建仁寺(お庭とアート)



今回は、昨年10月京都五山 (第三位)の建仁寺さんに参拝させていただい時の記録です。


逆光で見えづらいのですが、こちらの北門から中へ



近隣地図と境内図




臨済宗建仁寺派の大本山、鎌倉時代の建仁二年(1202)に創建された。
寺号の由来は朝廷から年号を揚ったもの。(略)
開山は栄西禅師、開基は鎌倉幕府二代将軍の源頼家卿。

沿革・由緒 より


茶碑



建仁寺さんは、お茶の普及においても重要な役割を果たしています。開山 栄西(ようさい・えいさい)禅師は、28歳と47歳のときに宋に渡り、2度目の帰国時に、茶種を持ち帰りました。またお茶の効能などを記した「喫茶養生記」を著し、喫茶の習慣を広め、茶祖とされています。
禅師が栂尾の明恵上人に茶種を贈ったという「栂尾茶」。遠い昔を思いながら飲んでみたい…。



庭と境内



本坊受付から大書院まで行く間に2つの庭園があります。
ともに北山安夫氏が作庭にかかわる〇△▢乃庭と潮音庭。近くにありながら、名前に共通性は感じられず、個々に独立しているようなのが興味深い。






〇△⬜︎乃庭




〇△▢乃庭


まずは〇△▢乃庭。
〇は木の植えられた周辺。⬜︎はちょうどこの写真のタイトル〇△⬜︎乃庭のすぐ上、四角く突き出た竹を編んだような部分。
難しかったのが△。〇の木の奥、ちょうど影になっている部分だそうです。台形のような三角に、見えなくもないような…。

この〇△▢は、

宇宙の根源的な形態を示し、禅宗の四大思想(地水火風)を地▢水〇火△で象徴したもの

建仁寺webサイトより

だそう。風は、目には見えないけれど、そこにあるものといった感じでしょうか?




潮音庭

潮音庭


仏教の三尊仏の形にならった三尊石


こちらのお庭は、中庭のようになっていて、どの方向から見ても楽しめる・美しいと言われています。
四角く区切られた狭い空間に人が手を加えると、どことなく人工的な印象が残ってしまうように感じるのですが、そんなことは微塵も感じさせない、本当に美しいお庭でした。

これも長い月日をかけて育まれてきた木々や苔のなせる業かと思いましたが、こちらも現代の作庭家北山安夫氏の手によるもの。
凄いとしか言いようがありません。




軒丸瓦に書かれた建仁の字と廊下






大雄苑(だいおうえん)


方丈前庭 大雄苑
ラインが整然と並ぶ美しい枯山水








方丈



建仁寺さんのアートも印象に残っています。
まずは、なんといってもこちら。

風神雷神図屏風(国宝)





本物は京都国立博物館にあり、こちらにあるものは複製で写真撮影もOKです。

教科書で、CMや広告デザインなどで、何度となく見てきました。風神雷神といえば、俵屋宗達のこの屏風絵を思い浮かべる人も多いはず。皆に愛される国民的絵画の1つです。

作品を受け入れる感性が、私たちの遺伝子に組込まれているのではないかと思うような普遍的な作品。何百年も前に描かれた作品が今もなお残っていること、こうして鑑賞できること、幸せなことだとあらためて思いました。



つづいて、礼の間にある  雲龍図襖。

雲龍図


安土桃山時代から江戸初期にかけて活動した絵師海北友松かいほうゆうしょうによるもの。

どことなく、龍に何かを問いかけられているように感じる一枚目。爪がぐっとこちらに伸びてくるような。二枚目は正面奥の襖、墨が濃いせいか幾分龍が強そうに見えます。






そして法堂拈華堂ねんげどう)。

白壁に3つ並ぶ花頭窓が印象的


ご本尊は 釈迦如来坐像。脇侍は釈迦十大弟子の迦葉かしょうと阿難。
畳108畳分もあるという天井には、日本画家小泉淳作氏の双龍図が描かれていますこちらは建仁寺創建800年を記念して制作され、2002年に奉納されたものです。


双龍図


双龍図



最初 一間に仏さまだけ、天井画だけでも充分満足できるのに、同じ空間に2つも見どころを置かれるなんて、少しもったいないように思いました。



少し見づらいのですが、↑ 双龍図ではなく1つ前の海北友松の雲龍図の説明です。

またしばしば禅寺の法堂の天井に描かれるのは火難を避けるためとか
架空の霊獣の飛翔する雄大な姿から、一種神格化された浄域の表現とも考えられた。

説明より抜粋


龍には仏さまを守る意味もある、と何かで聞いたような…?
同じ空間に描かれるのには意味があるのですね。



望闕門
大正12年に近江安寧寺の三門を譲り受けたものだそう。










勅使門


柱や扉には矢の痕があり、矢の根門、矢立門とも。

元来、平重盛の六波羅邸の門、あるいは平教盛の館門を移建したものといわれています。

建仁寺webサイトより


この記事の見出し画像は、この勅使門の正面側になります。平重盛は清盛の長男。平教盛は清盛の弟。平家一門の武将の邸宅の門であったのかもしれない…。そう思うと、お寺の門とはまた違う景色が見えるような気がします。



あとがき


一通り拝観し、十二分に楽しませていただいたのですが、ふと今回は仏さまに対面させていただく機会が少なかったように感じました。
それもそのはず、順路をどこで誤ったのか方丈のご本尊 十一面観音菩薩坐像 を拝見せずに戻ってきてしまったのです。

後日建仁寺さんのwebサイトを確認し、端正なお顔立ちでお召し物の裾を優雅につまんでいらっしゃる観音さまを拝見しました。
いつかまた拝観させていただこう。再訪リストが増える一方です。


ここまでお読みいただきありがとうございました。またお立ち寄りいただけると嬉しいです。



いいなと思ったら応援しよう!