51.「ビクビク、セカセカしないインド牛の生き方」ダスティ・シティ・ニューデリー
このあいだ、バスを待っていたら後ろから「とんとん」と肩を叩かれた。
知り合いかな、と思って振り返ったら、白い牛がいた。
「知り合いの牛」だった。
インドの牛は急がない。
トラックが来ても、大型バスが来ても、慌てない。
一歩一歩確かめるように歩く。
まるで「歩く瞑想中です」みたいな顔で歩く。
普通の動物は、車が来たら慌てて逃げる。
ひかれたら死んでしまうからだ。
車が怖いのだ。
インドの牛は、恐れない。
車が怖くないんだろうか、と思う。
でも牛はちゃんと知っているのだった。
「怖いもの」はこっちが「逃げたら追いかけてくる」。
「厄介なもの」もこっちが「避けたら迫ってくる」。
結局、車のほうが慎重に牛をよけていく。
道を横断したがっている牛を見かけたら、止まってくれるドライバーがほとんどだ。
まるでモーセの十戒のように牛の通り道ができる。
体が大きいからかもしれないが、牛は他の動物みたいにビクビクと生きていない。
「私がじゃまか。では、横をゆくがよい」
「私が遅いか。では、先にゆくがよい」
そんな顔で堂々と生きている。
足取りも悠々としている。
決してセカセカしていない。
ゆっくりでも確実に前に進めるように歩いている。
私は牛のそんなところが好きだ。
「他と比べて遅れをとっちゃいけない」とか、
「自分ってちっぽけでつまらないものだな」
なんて、きっとみじんも思っていない。
だからたぶんイライラもしていない。
牛にとっては今踏み出す一歩がたぶん一番重要なのだ。
牛の目を見ると、すごく綺麗だ。
「あなたって人は、牛みたいですね」
なんて女性に言ったらぶん殴られるかもしれないが、大きな潤んだ目に長いまつげ。
実は牛の目って深く澄んでいて、とっても綺麗だ。
ビクビク、セカセカ生きていたらきっとあんな目にならないと思う。
人間にはきっと怖い物がたくさんある。
「この先こんな収入で生きていけるのかな」
「一生結婚できなかったらどうしよう」
「昨日あんなこと言わなきゃ良かった」
「もっとあの時ああしていればよかった」
きりがない。
きっと頭ばかり未来へ先回り、過去へ後戻りして、やることはいっぱい。
あなたはあんな綺麗な目をしているか、と聞かれたら、ちょっと自信が無い。
一日が終わる頃には、もう白目をむいているかもしれない。
牛って良いな。
あんな風に生きられたら、「人間らしい人間」なのかもしれない。
あんな風、って「インド牛」風っていうのがおかしい気もする。
まあいい。
私は「人間らしい人間」になれているかどうか、今度あの「知り合いの牛」に聞いてみよう。
