⚪️企画作品|プロジェクトXOXO
今では世界中の人が愛用するキスサプリメント『チュースル』。その開発に私は文字通り生涯を捧げた。
道のりは決して容易なものではなく、何かひとつでも選択が異なればゴール出来なかったかもしれない。まるで先の見えない綱渡りだった。
それでもひとつだけ確かなことがある。それは中高生時代の基礎研究である。このときの経験ほどその後の成功を助けたものもまたとあるまい。心からそう思うのである。
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中学の頃。私はキスというものを独自に研究することを思い立ち、これに生涯を捧げると誓った。
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軽くチュッ
最初は左手の甲だった。
もっかい「チュッ」
音を出してみたり、消してみたり。
うーん。
その感触や感じ方を『キスノート』につける。念のため断っておくと、これはキスしたい女の子の名前を書くためのものではない。研究ノートだ。名前は書かない。書いても実現したりしない。
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二の腕や膝の辺りでもやってみたが、いつまでも自分の体でやっていてはダメだと気づいた。すぐに限界が来てしまう。そう。第二段階は当然、自分以外との行為でなければならない。
机の上や下敷き、シャープペン、教科書の真ん中あたり、ハムハムしたり、チュパチュパしたり、林檎や檸檬、サッカーボール、松の木や杉の木、タラコに明太子、目玉焼きの黄身の部分などなど。私はあらゆるものとキスした。
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衝撃だったのは、キスにはベロを使う「ベロチュー」なるものがあると知ったときだ。そして「キスマーク」なる関連遊戯のあることも知った。
そしてこれは、やってみればすぐに分かる。物が相手じゃダメだ。私は唾液でベロベロになったゴマキのポスターを眺めて思った。人間とキスしよう。
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問題は、男子校だったことだ。
だがそれは言っても始まらない。どうにかして被験者を探す必要があった。
クラスにひとり、ちょうど良さそうなのがいた。休み時間にいつも教室でひとり。何をするでもなくただぼーっと窓の外を眺めている。線が細くて色の白い大人しめのケント君だ。
「おまえ、キスしたことある?」
「ど、どうしたの、急に?」
「キスに興味があるかって話だよ」
「え?」
ケント君が顔を赤らめた。
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正に打ってつけの被験者だった。
ケント君は両親の帰宅が遅いため夕飯はいつも適当に済ますらしい。なので放課後はなるべくうちに寄ってもらって、勉強を見てやったりしながら、その合間にキスをして、時にはうちで夕飯を食べてから帰すようにした。
ひとつ問題と言えなくもないのが、ケント君はキスをするときに私の首に腕を回そうとすることだ。そういうのは、ちょっと邪魔なのだ。
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ある日、ケント君が妹を連れて来たいと言った。
その日は手違いか何かで、親が夕飯を用意してくれなかったらしい。妹が腹を空かせているという。
「もちろん、うちは構わないよ」
「ありがとう、助かるよ」
「ところで、君の妹はいくつなの?」
「いま10歳だよ」
「ダメか……」
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それ以来ケント君は頻繁に妹を連れてくるようになったのだけれど、どうも、ケント君は妹の前でキスをするのは恥ずかしいらしい。困ったことだ。
確かに視線が気にならぬでもない。
キスの際、お互いがそれぞれ顔を何° 傾ければ鼻の交通事故を避けられるか、その理想の角度を調べる様子や、歯のぶつかり実験等を何も言わずにじっと見られると、さすがにどっか行けと言いたくなってしまう。
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そうこうしているうちに高校生になった。
うちは中高一貫の男子校だったから高等部に上がっても何も変わらない。ただ切実な問題として、女とキスがしたい!
というか、女性とだって、してみたい。何故ならきっと、そう、モデル化の際には弾力定数や鼻息変数といった要素も必要になってくると思うのだ。
だから一度だけ訊いてみた。中学生になったケント君の妹に。
「あのさ」
「やだ」
まだ何も言ってないのに。
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ケント君が週5でバイトを入れてしまったため被験者確保が大きな課題となった。
だが、私はこの頃すでに、キスに関する基礎理論の大枠を固めていたのである。
それは『チュースル』の開発を大いに助けてくれた。後に『バイタル原論──キスの構造』としてまとめることになる、キスの第一原理である。
その研究を支えてくれたケント君には最大級の感謝を贈りたい。
ありがとう。ケント君。
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