夏の終わりは色々考える
今年の夏は短かったように思う。
中にはまだ、夏を諦めきれず藻掻く人もいるのかもしれない。「今年の夏は〇〇〇」という目標を立てた少年少女もいただろう。ダイエットを心に決めたはずの、かつて少年少女だった方たちもいたことだろう。達成できた人も、あるいはそうでない人も、等しく夏が終わってゆくのだ。
夏は野菜が美味かった
十全なす、梨なすの浅漬け
水茄子の漬物は水分と塩分を同時に補給できる上に、齧り付いた時の瑞々しさと満足のいくボリュームを兼ね備えており、夏の暑さが吹き飛ぶような、いや実際はそんなことでは吹き飛ばないのだが【吹き飛ぶよ・う・な】気分にさせてくれた。大事なのはナスの心意気である。県の名物ともなっているが、実はこの十全茄子は昭和初期に大阪より伝わったものらしい。感謝しかない。いや、感謝以上の何かを伝えなければなるまい。「ごめんなさい茄子の漬物に味〇素をかけるのが好きなんです」
枝豆列伝
枝豆は我が県の隠し名産品の一つだ。近年では地元の枝豆大食い大会決勝に進むべく、東京都内で予選会まで開かれたとかないとか。このくだらなさが良い。だが正直に言って他県には流出させたくないほどのおいしさである。
幼少期は祖母が祖父のために、夏になると大量の枝豆を茹でるのが恒例となっていた。梅干を作るときに使用する”干しざる”をご存じだろうか?直径約60㎝くらいか。そのざるに山盛りに茹でる。鍋を交互に使いながら、茹でる、ざるにあける、茹でる、ざるにあける、を繰り返していく。積み上がった枝豆の山はアツアツの湯気を立ち昇らせ、そこに粗塩をバッ!ババッ!と投げつけてザルを両手で持って器用に混ぜる。
当時の1号少年は、それをつまみ食いするのが大好きだった。怒られるなんてことはない。だって食べても食べても枝豆が減らないのだから。
とうも〇ろし
トウモロコシのことである。
なぜか子どもたちは唐突に「とうも〇ろし」と発言し、親をヒヤッとさせることがある。想像するに幼少期の僕たちには、あの黄色いキビを振りかざして村人を撲〇して回る、夏の怪人の姿が見えていたのかもしれない。

いくら食べても飽きないものって、トウモロコシの他にあるだろうか?あるだろうな、そりゃ。人それぞれさ。そのジューシーさ、香ばしさ、そして甘み。野菜から得られる甘味の中では群を抜いているだろう。
エッ、さつまいものほうが甘い?
すっこんでろ!
まだ出番じゃねぇェェェ!!!!
コホン。
えー、盆を過ぎますと涼しくなってくるものですね。夏の終わりには独特の寂しさってやつがありますね。子どもたちにとってはもちろんですけど、大人衆だってねぇ、そりゃあ寂しいですよ。さびしくて、侘しくて、ねー懐がねぇー、いやはやどうにも。ええ。
ウチはね、もう娘たちも全員二十歳超えていますから、まぁ楽なものです。遊びに連れて行かなくていいですしね。のーんびりしてます。人生のベテランになってくると、家庭菜園とか山登りとか始めるようですけど、まったくそんな気が起きません。
定年退職して山登り始める人、
多すぎません?
なぜなのか。
日本古来より伝わる山岳信仰が、日本人の深層に根付いているせいだろうか。歳を取ればそれだけ死を近く感じる。高き山へ登り、より神に近づくことで自らの生を振り返り、想うことでもあるのだとしたら...
人は皆、いずれ生を終える。
私もいつか山へ登るのであろうか
あろうか。
じゃネェよwwwww
あってたまるかw辛いことを避け続けた人生だ。最後まで楽なことだけ選んで、もうちょっとだけ生きてみせるわ。
