2024年の振り返りと2025年の話
Koko.カフェ準備の話を書こうと思っていたけれど、今日は今年を振り返りつつ来年の話を少し書いてみようと思う。
まずは資格取得の話、約2年近い学習の末に合格した訳だけど、その意味するところを最近改めて気付かされた。それは堅苦しい言葉で書けば、人権擁護、意思決定支援そして社会資源開発、簡単に言えば、その人の想いや主張を知り理解しようとし続けること、その人が生きやすい環境を作り出していくことだ。同時にアウトリーチという言葉も忘れることができない。生きづらさを感じている人に、その人が相談に来るのを待つのではなく、その人の生活の場でその人のお話を聴くこと、それがアウトリーチの基本だと理解している。
市民後見人の学びの中でも人権擁護や意思決定支援は出てきているが、それ以前に精神保健福祉士の養成課程の中で何度となくいわれ、課題となり、レポートを書き、面談で聞かれたりしたもの。
アウトリーチは社会福祉の中で課題であるといわれてはいても、現状では日常業務の煩雑さや忙しさもあって、実際に動いているかといえば心もとない。
今回の勉強を始めなければ、それらはぼんやりとした輪郭さえ見えていなかったかもしれないものだったと気づいた。今はまだ実践もできていない机上の話、それを理解した上で、それでもなお少し私の中に根付き始めていると思う。そして、この自分自身の気づきと自覚と小さな小さな自信とが、Koko.カフェを始める原動力になったことは間違いない。
他人の評価は脇において、私にとって今年一番の出来事は、この精神保健福祉士の資格取得だったし、基本的な社会福祉の理念を理解する上でも必要不可欠なことだった。今年のあれもこれも、ちょっとした偶然の出会いも全てがこのことから始まっている。
そして、二番目の出来事というか決断は今年最後の決断だが、Koko.カフェをスタートさせるにあたって、来年度2025年内にはつながるカフェin上大岡を街なかで開いていくということだ。
堅牢なビルの研修室ではなく、商店街のハズレか住宅地の隅か、まだ決定には至っていないが、生活者が行き交う通りで場を開いていくと決めた。
正直いえば最初は深く考えていなかった。単純にカフェというからには出来ればコーヒーとか紅茶とか味わいながら話がしたい…
だけどあまり賑やかな場じゃない方が良い…
そんな漠然としたことを言葉にしていた。
Koko.カフェ開設のために幾つもの場を覗いたり、訪問したり、チラ見!したりする中で、また一軒家で色々な活動の場を作っている人たちと出会ったり、そんなこんなをする中で気付いたこと、それは私の中にも妄想レベルだけどとある計画が存在しているということだ。
その初めの一歩として街へ出る。ちょっとばかり難しさがあったとしても、様々な人が行き交う通りの脇で、小さな小さな集まりを改めて続けてみようと思う。
五年ほど前つながるカフェin上大岡を開きたい、と人に話し始めた頃、教室ロビーを貸してくれた人がいたように、街なかのスペースを借りて再スタートすることで、きっと何かが動き出して、新たな出会いができるような気がする。
元来呑気でお気楽な私は何とかなる、と思っている、そして実際に何とかなるだろう。無理はしない、だけどチャレンジはする、
浪費はしないが少しばかり投資もするかもしれない。
この先の元気な十年いや二十年のために、できることをできる時にできるだけやってみようと。それが2025年に向けた私の想い。
改めて2024年を振り返れば、Noteに書いていることばかりではなく、人に翻弄されることも多かったし、私自身が今も若干揺さぶられている状況ではある。けれど、自分自身の本流、本筋、幹は、認知症のこととそれにかかわる幾つかの活動であることは揺るがない。焦らず、じっくりと、少しずつ、最終目標の達成が目的ではなく、そこに至る道筋、プロセスを自分流で楽しみつつ、ちょっとずつ進めることができたら嬉しい。
次回のNoteは年末ギリギリに何か書くかもしれないけれど、それはきっと昔話の類だろう。2025年の最初の記事は、Koko.カフェの準備話かもしれない。
