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【ショートショート】欠けた円の寓話──原因論と目的論


【ショートショート】欠けた円の寓話──大人と子供の集中力の続編

ある日、欠けた円を見つめていた大人と子供に、旅人が加わった。
旅人は、欠けた部分を指して言った。

この形は楽器のようだ。
風が通れば笛のように鳴るかもしれないし、
水が落ちれば独特のリズムを生むかもしれない。
完全な円には出せない音を、この欠けが生むのだ。

子供は目を輝かせ、大人はハッとした。
欠けたものは、不足ではなく「可能性」でもある。

大人は気づく。
自分がいままで欠けに執着していたのは原因論──
「なぜ、ここが足りないのか」という問いに縛られていたからだ。

けれど、欠けを受け入れた瞬間、
視点は未来に向かう。

「このかたちで、どんな新しいことができるだろう?」
それは目的論の問いであり、自己受容から生まれる柔らかな力だ。

超ひも理論の「開いたひも」と「閉じたひも」が、
一見異なる振動でも同じ理の中で調和しているように──
欠けた円もまた、完璧な円と同じ宇宙の一部なのだ。

その日から大人は、
欠けた円を見るたびに笛の音を思い出すようになった。

足りないものを嘆く代わりに、
その形がどんな未来を奏でるかを楽しみにできるようになったのだ。


解説:原因論と目的論

欠けた円を見て、
「なぜここが欠けているのか?」と問い続けるのは原因論。
過去に起きた出来事や不足部分を原因に結びつけ、説明を探そうとする。

けれどもその視点だけでは、いつまでも「足りないもの」に支配されてしまう。欠けを埋めることが人生の目的になり、終わりのない修復作業に心をすり減らす。

一方で、円の一部が欠けている現実をそのまま「Have(いま、手元にあるもの)」として受け入れると、視点は変わる💡

「この形はどんな音やリズムを奏でるだろう?」
そんなふうに、新しい可能性を奏でる楽器として見直すこともできる。

これは未来志向の目的論に通じる。
「欠けているからダメなのではなく、欠けているからこそ奏でられるリズムがある」
そう捉え直すことで、未来に向けての一歩が生まれる。

《FIN》

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