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わたしが一話切りしたアニメの劇場版を見れるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)

はじめに

というわけで、ムリじゃありませんでした。タイトルでわかると思いますが、この記事は『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)~ネクストシャイン!~』の感想となっています。
わたなれのメインファン層に喧嘩を売っているので、読まないほうが良いです。

そもそもなぜ一話切りしたのか

筆者は百合が好きです。あと作家を目指してます。なので百合アニメだなあと思ったし流行も抑えておきたいなあと思って見ました。夜も浅い時間にやっていたのでリアルタイムで見た気がします。そして…
「あ、このノリムリ!」
ってなりました。まあね、好き嫌いはあるよね。もっと振り切ってたら面白いと思うけど中間層に受け入れられるために半端なノリをやってると思いました。一言で言うと、シャバい。ノットフォーミーってやつです。もっとクソ下品だったらうれしかったんですけどね。
ですが(狭い)世間ではめちゃくちゃ受け入れられてるようで、仮にも作家を目指す身としては非常に悲しくなりました。流行が合わない人間に新人賞がとれるでしょうか。シリーズ構成の荒川稔久氏(すでに60代)より百合オタクとして老害なんてやってられないでしょう(どうでもいいですけど氏が担当してたスーパー戦隊の脚本とかけっこう百合っぽいもありましたよね)。

じゃあなんで劇場版見たんだよ

近所でやってたからです。我らがイオンシネマでやっていて、なおかつ無料クーポンが溜まっていたので見ることにしました。あと映画という媒体が好きだからです。
そういうわけで劇場に入ってみたの最初にやってきた感想は、
「百合アニメの劇場版なのに野郎しか見に来てないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)」という感じでした。まあどうでもいいんですが。作風的にそりゃそうですからね。
てなわけで、上映が開始されました。

ネクストシャインの感想

やっぱりノリは合いませんでした。シャバいよね。JKコスプレイヤーってなにさ。危ないからJKとか言わないほうが良いよ。ていうか撮影会ってプチ売春だよね。そういうことは気にしない世界観なんでしょう。
……でも、良かったです。
果穂が陽キャのロールモデルにしてたのが昔塾で出会ったれな子っていうのはもうシンプルにうれしい。隠れ幼馴染が一番強いですからね。
あとはラストでしょう。大勢の前での二股宣言。素敵です。ポリアモリー百合好きなので。ノリはずっと受け入れがたかったですが、劇場に閉じ込められたおかげでこの素敵なラストが見れました。他の媒体だったら途中で逃げてたと思います。
この話はたぶん、人並みに善性のある性欲強めのアロマンティックレズビアンが何故かモテまくって結果恋愛を脱構築していく話なのでしょう。
恋愛と友情の違いってなんやねんという話です。性欲と恋愛の違いってなんやねんという話です。友達だけどムラムラして、なおかつ大事にしたい気持ちに、向こうが恋愛感情をぶつけてきたらどうすればええねんという話です。自分に理解できないものに対して自分なりに誠実に答えた結果が劇場版のラストなら、それはもう人並み以上の善性です。甘織れな子ってめちゃくちゃいいやつなんじゃないか?
いいですね、こういうの。私は現代の社会にはびこるロマンティックイデオロギーに異議があるので、真唯と紫陽花さんがグダグダやってるところでれな子が二股宣言をしたところで、非常にスッキリしました。すさまじいカタルシスです。

でも売り出していく層とテーマに共感する層が真逆だよね

オタクくんはまあ保守的です。しょうもないやつが多いです。そんなことないかもしれません。でもわたなれの普段のノリで喜んでるようなやつは保守的だと思います。知りませんが。
曰く、れな子はゴミらしいです。れな子が悪いらしいです。どれくらいの温度でこの言説が語られてるのかはファンコミュニティから一番遠いところにいるのでわかりませんが。ていうか嫌な気持ちになると思われるので見ないようにしてます。
でもれな子は悪くありません。社会が悪いです。同意があれば二股でも百股でもかけりゃいいじゃないですか。れな子は自分には理解しがたい世間にはびこったロマンティックイデオロギーに対して、自分なりの答えを用意したので偉いのです。
まあでもわたなれが好きな層の多くは私が使った横文字の意味もたぶん知らないし、別に知らなくてもいいと思います。
さっきからてめえ俺達のこと馬鹿にしてるだろと思ってるかもしれませんが、事実してますけど、そういう人がいる現実を変えていこうとか全然思ってないし、勝手にすれば良いと思ってます。その人が存在することに悪いも良いもないので。

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