藤井風5
「死ぬのがいいわ」~を日本語で歌う
ナノベーション //agenda-note.
日本の音楽・映画・ゲーム・漫画・アニメなどのエンタメコンテンツが、世界でも注目されることが多くなった昨今。本連載は、さまざまなエンタメ領域の舞台裏で、ヒットを生む旗手たちの思考を noteプロデューサー/ブロガーの「徳力基彦」氏が解き明かした。
今回、徳力氏が対談したのは今年放送開始100年を迎えたNHKで、紅白歌合戦など数々の音楽番組を手がけてきたNHKプロジェクトセンター エグゼクティブプロデューサー 加藤英明氏。テレビ視聴率が低下しストリーミング普及によって音楽業界が激変するなか、国民的音楽番組である紅白やNHKの音楽番組は何を守り、何を変えようとしているのか。
前編では加藤氏が長年携わってきた紅白歌合戦を中心に、そのデジタル活用や唯一無二の価値を創造する取り組みを聞いた。後編では藤井風に象徴される日本人アーティストのグローバルヒットを追った番組づくりや、一種のブランドとも言える「NHK MUSIC」が果たす役割、そしてグローバルに向けてNHKの音楽番組が目指すところに迫った。
「死ぬのがいいわ」が日本語で歌われる
徳力 デジタル化で非常に重要なのは、海外の人に見てもらえることだと思います。日本ではいまだに販売はCDがメインで、ライブは撮影禁止、音楽番組はSNSやYouTubeにアップされないので、海外から見ようとしてもなかなか見られません。日本の音楽業界は世界から見えない活動をしている、日本の音楽は海外では聴かれないと考えてきました。
しかし2~3年ほど前から、どうやら日本の楽曲が海外で聞かれているようだと分かってきます。衝撃だったのは2022年のNHKミュージックスペシャル『藤井風 いざ、世界へ』です。「死ぬのがいいわ」を海外の方々が日本語で歌っているのを観て「こんなことがあるのか」と驚きました。
そこから私もグローバル展開する日本の音楽アーティストに関心を持ち始め、いろいろとリサーチしたり記事を書いたりした結果、昨年末のNHKスペシャル『熱狂は世界を駆ける~J-POP新時代~』でのコメント出演にも繋がりました。実はこの2番組とも、加藤さんが担当されていたんですよね。
加藤 藤井さんのNHKミュージックスペシャルは2021年、2022年の2本は私が担当しました。2021年は日産スタジアムでの無観客ライブの舞台裏に密着し、彼の音楽ルーツを探りました。2本目のテーマは世界に目を向け、YouTubeで弾き語りを始めた藤井さんがどんどん自身の可能性を広げていき、「死ぬのがいいわ」が海外でバイラルヒットを遂げている模様を伝えたいと思いました。しかし、日本に住む私たちにはその実感がありません。
当時はコロナ禍だったので、簡単に海外取材ができませんでした。そこで各国のコーディネーターにリサーチしてもらったところ、彼らの身近やSNSの知り合いに藤井風Loverが大勢いたのです。
加藤 英明 氏 NHK メディア総局 プロジェクトセンター 統括プロデューサー 1997年NHK入局。本部・大阪放送局を経て2004年以降、20年以上に渡りディレクターやプロデューサーとして紅白歌合戦を制作。2011-12年は総合演出、2018-22年は制作統括を務め、現在もプロデューサーとして紅白の企画を担っている。
徳力 「死ぬのがいいわ」が発表されたのは実は2020年でしたが、2022年夏頃からタイでTikTokユーザーの間でバイラルヒットし、Spotifyなど配信サービスでの再生が急上昇していきました。タイからアジア、欧米に時差的に広がっていったんですよね。
加藤 しかも全て日本語で歌われているにもかかわらず、取材でインタビューした4カ国ほどのファンの方々は歌詞の意味や、藤井さんの伝えたい表現を驚くほど正確に理解しているのです。完全に前例がないヒットのパターンでした。
一方で、自動翻訳機能の発達もあり、米国人が英語以外の曲も聴き始めているというデータはありました。
おそらくコロナ禍になって引きこもりがちになるなか、オンラインで藤井さんのような独自の音楽、聴いたことのないような表現に触れたとき、急に世界が広がるという体験をしたのではないか。サブスクリプションサービスによって生まれる新しいヒットの生まれ方を、説得力あるインタビューによって証明できたのではと思っています。
徳力 2024年は世界最大級の音楽フェス「コーチェラ」に5組もの日本人アーティストが出場しました。海外の人たちが「新しい学校のリーダーズ」に日本語でコールアンドレスポンスしたり、YOASOBIの難しいラップを歌ったりしているのを見て、本当に音楽って言語や国境を越えるんだなと実感しました。私も子どもの頃はボン・ジョヴィやマイケル・ジャクソンの歌を、意味も分からずカタカナ英語で歌っていましたが、同じことが逆も起こり得るんだと、本当に衝撃でしたね。
一方、最近のNHKの動きは、それを支援しようとしているようにも見受けられます。2024年10月に放送したNHKミュージックスペシャル『藤井風~登れ、世界へ~』は、なんとNHKワールドジャパンで1年間、英語版のフルバージョンを観ることができます。通常の日本語版が「NHK+」の配信終了と同時に見られなくなってしまうのとは対照的です。
また、NHKでは米国の公共放送NPRの「tiny desk concerts」日本版を制作し、藤井さんやB’zの稲葉浩志さんの貴重なパフォーマンスをNHKワールドジャパンなどで視聴できます。これらはおそらく、海外向けコンテンツとして国内向けとは別の枠組みで制作されているから、このようなことが可能なんだと思いますが、「日本の音楽を世界へ」という意志がすごく感じられます。
加藤 そうですね。日本の音楽業界全体が海外に向いていて、世界に本気で挑みたい日本人アーティストが増えていること、しかも成果を出してヒットしていることを視聴者に伝えるのは、NHKとしての使命と捉えています。
それに加えて、国内の視聴者は減少するなか、我々も海外への発信に目を向けていかなければ発展は見込めません。2025年がNHK放送100年という節目であることもあり、我々も新しい試みとして、国内最大規模の国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」の授賞式を生中継することを昨年末の紅白で発表したり、海外取材網を生かしたNHKスペシャル『熱狂は世界を駆ける~J-POP新時代』を制作したりといった取り組みを進めています。
そういう意味では、世界を見据えるアーティストや音楽業界と、海外展開を強化したい私たちの思惑が一致していると言えるかもしれません。
「ブランド」立ち上げで視点を変える
徳力 昨年の藤井さんのNHKミュージックスペシャルは、冒頭で藤井さんが英語版のアルバム制作を発表するという衝撃的な内容でしたから、英語版アーカイブが1年間、ネットで見られるというのは本当に素晴らしいと思いました。NHKスペシャルのほうは、私も出演させていただいて驚いたのが、コーチェラに出場したNumber_iに密着取材していましたよね。超お宝映像を12月の放送まで半年以上も出さないというところが、ファンや私たち素人からするとびっくりでした。
加藤 裏話をしますと2024年1月にYOASOBIとNewJeansのNHKスペシャル『世界に響く歌 日韓POPS新時代』を放送し、非常に好評だったことから、世界に羽ばたく日本の音楽の可能性についてNHKスペシャルをもう一本、つくることになりました。
折しもCreepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born(ブリン・バン・バン・ボーン)」が急速に世界に広がっていて、そのヒットの理由を探るところから始まり、他にもどんなトピックが加えられるかを考えたときに、コーチェラにも取材に行くことになりました。YOASOBIや新しい学校のリーダーズの出演は想定内だったのですが、Number_iは驚きでした。
徳力 デビューしたばかりでしたからね。とはいえ、元King & Princeのメンバーで、デビュー曲から凄まじいインパクトでした。
加藤 彼らの出演によって、コーチェラという存在もかなり日本のお茶の間に知られるようになったと思います。
そしてやはり、彼らの志向が最初から海外にあったがゆえに、実現した面もあるでしょう。とにかくCreepy Nuts、Number_i、世界ツアーに挑戦した新しい学校のリーダーズと、それぞれのグループの海外での奮闘を丹念に追っていった結果が、NHKスペシャル『熱狂は世界を駆ける~J-POP新時代~』です。
画像:NHK公式サイト

徳力 なるほど。私たちからすると、すべての撮った映像を放出してほしいと思ってしまいますが、NHKとしてはあくまでドキュメンタリーの素材集めですからね。
でも、「NHK MUSIC」チームとしてそういった動きをされているのは、凄く興味深いです。
「MUSIC AWARDS JAPAN」でNHKが中継に参加するのも大きな変化です。従来、地上波放送とネット配信の両立は日本のテレビ局ではなかなか実現しませんでしたから、YouTubeによる全世界配信をメインとするイベントに、NHKが乗っかるというのは画期的だと思いますね。
加藤 私たちも中継させてもらえるのはありがたいです。アワードはNHKエンタープライズが制作で入り、同時ではないもののYouTubeで全世界配信されるということには、これ以上ない大きな可能性を感じます。放送と配信は対立するのではなく、「日本の音楽を世界に届ける」という共通テーマに向けて共存共栄する方法を発明していかないといけないと思っています。
徳力 「発明」。いい言葉ですね。
note noteプロデューサー/ブロガー 徳力 基彦 氏
NHK メディア総局 プロジェクトセンター 統括プロデューサー 加藤 英明 氏
加藤 紅白のダイジェスト動画のSNS投稿や、さらにさかのぼると、2022年にYouTubeチャンネルで「NHK MUSIC」というブランドを立ち上げたのも、ある意味「発明」だったと思います。
徳力 確かに「NHK MUSIC」が出現するまで、それまで何となくいるんだろうなと思っていたNHKの音楽組織が、初めて外から少し見えるようになった感じがあります。その意味で「ブランド」ですね。
加藤 NHKとしてYouTubeチャンネルを始めたのは、実はそれより少し前だったのですが、最初は報道や料理、ドキュメンタリーなど各種カテゴリーを分けなかったために、登録者数がまったく増えませんでした。そこで「NHK MUSIC」として音楽番組に特化したアカウントをつくったところ、登録者数が劇的に増え、『紅白』の時期になるとさらに増加したのです。現在の登録者数は60.5万人に達しています。
徳力 YouTubeで「NHK MUSIC」というブランドが浸透したと考えれば、先ほどの「MUSIC AWARDS JAPAN」への相乗りも、自然な流れですね。
加藤 対外的な意味のほかに、内部的にも大きな意義がありました。先にお話したように、NHKの主力音楽番組には「うたコン」「SONGS」「Venue101」がありますが、実は番組間の連携があまりなく、キャスティングに関してはライバルのような関係でした。
そこに「NHK MUSIC」というブランドを立ち上げてデジタルをひとつの紐帯として繋がれたのは、音楽業界5団体が垣根を超えてCEIPA(※)を設立し、「MUSIC AWARDS JAPAN」を主催するのと似ているかもしれませんね。
※編集部注 ※CEIPA:Japan Culture and Entertainment Industry Promotion Association(一般社団法人 カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会)
徳力 面白いですね。これまでNHKのなかで、それぞれの番組が別々に活動していたのが、「NHK MUSIC」という俯瞰的な視点で、ネットやグローバルを含めた音楽業界全体におけるNHKのポジショニングみたいなものを考えられるようになったわけですね。
加藤 もちろん、これまでも紅白というプロジェクトに向けて、各番組チームが協力していくという母体があったことは先にお話したとおりです。ただ、日々のデジタル戦略まで互いに把握し、全体を見て、デジタル発信を含めた最高の紅白をつくっていくという機運が生まれたのは、「NHK MUSIC」がひとつの契機だったと思います。
徳力 すごく本質的なお話な気がします。だからここ数年、NHKのイメージが変わってきたんでしょうね。企業でも従来型の狭いビジネスモデルで考えてしまうと、社内にもライバルがいたりするけれど、俯瞰してみると、以前は競合と認識してこなかった業種や、スマホやエンタメもライバルとして立ち現れてきます。
加藤 配信プラットフォーム然りですね。デジタルや海外に目を向けた「NHK MUSIC」の取り組みは、テレビ視聴率やCD売上の低下などさまざまな危機感があったからこそ生まれた潮流かもしれません。世界的に日本のテレビ局はデジタル施策が遅れていますが、NHKは常に少し先を見て、新しいことをしていきたいです。そのひとつの象徴が紅白でもあり、「オワコン」と言われるなかでどうやって一矢報いることができるかが勝負です。
徳力 現在もあれほどの視聴率を維持できているのは凄いですし、地上波とデジタルの融合が進むことで、紅白はアーティストが世代や国籍を超えて繋がる架け橋になれると思います。NHKの新しい取り組みが楽しみです。本日はありがとうございました。
※対談後記(徳力) NHKというと、1万人を超える職員がいる巨大な組織であることもあり、なにかと批判的な言説の対象になりがちですが、今回加藤さんのお話をお聞きして、あらためてNHKの中にいる一人ひとりの職員の方々の新しい挑戦の積み重ねこそが、紅白歌合戦におけるアーティストの素晴らしいパフォーマンスの実現であったり、NHKミュージックスペシャルなどの番組を通じた、私たちの新しい発見に繋がっていることがよく分かりました。
特に日本のアーティストが世界を目指す上において、NHK MUSICのYouTubeチャンネルや「MUSIC AWARDS JAPAN」の中継など、NHKの方々が「日本の音楽を世界に届ける」方法の発明に注力してくれているのは素晴らしいニュースだと思いました。
加藤さんをはじめとするNHKの方々の、これからの挑戦に引き続き注目したいと思います。(徳力基彦)
