Beの自信とスピリチュアリズム
2種類の「自信」について
ビートルズの名曲「Let it be」は「あるがまま」と訳されますが、そのBeとなるので、「あるがままの自分に自信を持つ」=Beの自信となります。もっと言うと、「全てを受け入れよ」そして「そんな自分を愛する」とでも言いましょうか・・・。
一方、Doの自信とは、経験や知識からくる自信なので、分かりやすいと思います。
初めての学校、初めての会社では皆さん不安と希望が入り交じった状態ですが、月日が経つにつれ慣れてきて、自信にも繋がるものでしょう。
自尊感情の低い人々
私は仕事柄「適応障害」と診断を受けた人と接することが多いのですが、ほとんどの人が自分を過小評価したり、自分を責めたり、自分に自信がない人が多いのです。
そして、過程より成果、結果に注目しがちなのです。つまり、成果主義というやつですね。物質的価値感の典型になります。
一方スピリチュアリズムでは
成果より過程、つまり努力に重きが置かれます。それは、努力=たましいを込めたかに通じるからです。日々たましいを込めて、努力して生きれば、それが経験と感動として、死後のお土産となるのです。
失敗という結果も、成功という結果も大切な経験として、アカッシックレコードに刻まれるのですね。
つまり、失敗も成功も同じ価値を持つ。スピリチュアリズムの視点では、どちらでも良くて固執する必要がないので、精神も安定できます。
なぜBeの自信がないのか?
幼少期からの成果主義的な環境が大きく影響しているのでしょうか、前世からの思いぐせもあるかもしれませんが、社会全体が成果主義の風潮があることも事実です。「いいね」が欲しくて、事実と異なる内容のデマなどを流し、再生回数を稼ぐユーチューバーもそのような人達なのでしょう。そのほうが収入が増えるという仕組みにも問題がありますが。
赤ちゃんを観察してみてください。落ち込まないですね。評価を気にしていませんね。つまり、Beの自信に満ち溢れている状態です。皆、もともと持っているんです、Beの自信ってやつを。
残念ながら、成果主義に洗脳されて、見えなくなっているだけ。
外から得るものではなく、内に存在していることに気づくものなんですね。
比べて良いのは過去の自分だけ
これもスピリチュアリズムの鉄板的な定義ですが、他人と比べても何も意味がない。たましいも、課題もテーマも能力も違うのですから。過去の自分と今の自分を比べる。
では、何を基準に比べるのか、それが人格、霊格つまり人間性なのですね。
つまり人として、どれだけ成長できたか、どの経験が生かされたのか、そして今の課題は何かを明確にして、未来の計画を立てる。
更にまた努力して、たましいを込めて生きる、それでよいのです。
ふりかえると、あなたにもわかるはず
やはり、成功体験より失敗したり、病気になったり、苦しんだ経験が人間として自分を成長させてくれたと実感するのではないでしょうか?
当時はむかついた上司も、理不尽な言葉を投げかけた異性にも、愛されなかった両親にも、感謝できるくらい「良い経験だった」と思えるくらいの成長を感じる!
よーく内観しないと理解出来ないかも知れませんが、
とりあえず内観する=霊界とつながる=守護霊の導きを感じることができます。
その時に得られる「気づき」は誰から得た言葉、アドバイスよりも宝になります。
優しさは経験から
病気になったから、病人の辛さや苦労が分かるし
いじめられたから、いじめられている子どもに寄り添えるし
自分の「辛い経験」から他者への「思いやり」は生まれるのだと思います。
