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役割が外れた時、愛が現れる

昨日、初めて来店した女性から一本の映画を教えてもらった。
かなり疲れが溜まっている様子だったので、細かい話は聞かず、
静かに施術に入った。

施術の後半、休日の過ごし方の話になり、
彼女が美術館巡りが好きだと言う。
ちょうど先日、自分も国立新美術館に行ったばかりだったのでその話をすると、彼女も同じ展覧会を観ていたらしく、場の温度が少しだけ上がった。

そこから好きな映画の話題になり、
彼女が挙げたのは
『チョコレートドーナツ』 だった。

早速、その映画を観た。


物語の舞台は1970年代のアメリカ。
今よりもはるかに同性愛に対する偏見が強かった時代に、
ゲイのカップルがダウン症の少年と出会い、共に暮らそうとする物語だ。
実話に着想を得て製作された作品らしい。

映画を観ながら、頭の中で鳴り続けていた問いがあった。

「法とは何を守るためのものなのだろうか」

社会は膨大なルールによって守られている。
けれどそのルールの中で生きる人間は、
いつの間にか人をありのままに見ることができなくなる。

性別
国籍
人種
学歴
職歴
家庭環境

人は、気づかないうちに
そうした「役割」で人を見ている。

映画のテーマは、
「差別と偏見に支配された法と、愛の衝突」だった。

本来、法は差別や偏見から人を守るためのもののはずだ。
それなのに、いつの間にか人よりも秩序を守るものになってはいないだろうか。

そしてこの映画には、もう一つ象徴的な出来事がある。

アメリカでは高く評価されたこの作品だが、
日本公開時、最初の上映館はたった一館だったという。
宣伝担当者がテレビ局に売り込んでも、

「ゲイカップルとダウン症の映画なんて紹介できない」

と断られ続けた。

映画の中で起きていたことと、
同じ構造の出来事が現実でも起きたのだと思った。

そんな中、映画コメンテーターのLiLiCoが
テレビ番組『王様のブランチ』でこの映画を紹介し、
涙を流しながらその魅力を語った。

その翌週、上映館は一気に140館に増えた。

ラベルで人を判断する社会の中で、
一人の涙がそれを越えていった。

映画を観ている間、
もう一つ、自分の内側でずっと鳴り続けていた問いがある。

「いま、愛なら何をするだろうか」

最近、毎日のように自分に問いかけている言葉だ。

親なら
社会なら
法律なら
常識なら

ではなく、

愛なら。

その問いを胸に置くと、人は一瞬だけ役割から離れる。

そして思う。

人は、
役割が外れ、
ただの人と人になった時、

本当の愛が現れる。

それに気づかせてくれた
『チョコレートドーナツ』は、
また一つ好きな映画の仲間入りをした。


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