籍をぬいて一緒に暮らすー加藤ローサさんのニュース記事をみて
加藤ローサさんのニュース記事をみて、読んで、「あれ、これ、私と同じだ」と感じたので書いておきます。
婚外恋愛の話とは少し違うのですが、お付き合いください。
関係性が変わる
「関係性がかわる」という言葉は、私はとても理解できます。
好きになって、結婚して、一緒に暮らす。
そこには「好きな人」としての始まりがあったはずです。
でも、妻という役割が与えられ、母という役割も増えていくと、
だんだんと「好きな人」から距離ができていきます。
ふとした瞬間に、「あれ、私、何しているんだっけ」と思うこともありました。
駐在のサポートを頼まれ、生計の中心を元夫に譲ったときが、
私にとって、もっとも大きな関係性の変化だったのかもしれません。
それでも一緒に暮らす
私が離婚したのは1年半前です。調停には2年ほどかかりました。
子どもの養育や生活費の負担、一緒に暮らすことについて、私たちは自分たちで文章を作り、弁護士に確認してもらったうえで署名・捺印しました。
「そこまで必要なの?」と思われるかもしれません。
でも、約束を明確にすることで、お互いに責任を持ちやすくなったのです。
今年の夏、元夫は転勤になりました。
表向きは単身赴任ですが、実際には私たちと生活を共有していて、拠点は今も同じです。
夫婦がおわっても、関係はつづく
離婚しても、関係はゼロにはなりません。
親であること、生活の拠点や動線を共有してきたこと、互いの弱点と得意分野を知っていること。
これらは、法的な婚姻より長く残る「関係性」です。
私が求めているのは、関係が機能し続けるための安定感です。
安定=仲良し、ではありません。
私たちが整えたのは、運用の安定です。
合意の可視化:生活費、養育、連絡方法
優先順位の定義:「子どもの予定>仕事の都合>個人の予定」という順序
境界線:必要な情報を共有する。
確認をする:要件の共有、月次の子どもの様子共有。
これらは、好き・嫌いの話ではなく、共同運営の手順です。
運用が安定していると、感情を整えなくても、やるべきことが回っていきます。
安定感がもたらす自由
関係性としての安定感は、誰かに依存しない自由を生みます。
夫婦を終えるとき、大きな断捨離をしたなぁと思っています。
手放したもの:相手への“こうであってほしい”という期待、生活リズムの同調、感情の共有(気持ちは各自。混ぜない。)
残したもの:親としての責任、生活インフラの一部(住まい・荷物・拠点)、緊急時の連携。
夫婦がおわっても、関係はつづきます。
それは“愛情の延長”ではなく、“責任の継続”としての関係でした。
というわけで、
加藤ローサさんの話から、だいぶ飛躍してしまったかもしれませんが、家族といってもいろんなかたちがあって、それを整理することで前に進む人もいる。
そんなことをぜひ知っていただけたら、と思います!
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