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年収は、あなたの価値じゃない。でも無視していい数字でもない

20代の僕は、本気で年収が高い人ほど価値のある人間だと思っていた。

今なら、なかなか危ない考え方だったと思う。

でも当時の僕には、それなりの理由があった。

新卒で会社を選んだときも、平均年収は気にしていた。

その後に転職した自動車販売会社は、もっと分かりやすかった。

売れば評価される。

売れば給料が増える。

数字を出せば上へ行ける。

学歴も社歴も関係ない。

極端なくらい成果主義の会社だった。

そこで僕は、営業成績を上げることに夢中になった。

店舗で1位になり、全社でも上位に入った。

成果を出せば報酬が増える。

報酬が増えると、自分が強くなった気がする。

そしていつの間にか、

「稼いでいる人間は価値が高い」

という考えが、僕の中に入り込んでいた。

今振り返ればまぁまぁヤヴァイ20代である。

数字を喰って強くなる世界

『デジタル・デビル・サーガ』、めっちゃおもしろかった。

生き残るために戦い、他者を喰らい、その力を自分のものにして強くなっていく世界だ。

もちろん会社では、同僚を物理的に喰ったりはしない。

そこは安心してほしい。

ただ、当時の成果主義の世界を振り返ると、少し似ていたと思う。

毎月数字が出る。

順位が出る。

誰が売ったかが分かる。

売った人間には報酬が入り、売れなかった人間には入らない。

ルールは明快だった。

僕はその世界が嫌いではなかった。

むしろ、自分には合っていた。

頑張った結果が数字になり、その数字が給料へ変わる。

ものすごく分かりやすい。

だからこそ、怖い。

あるルールの中で勝ち続けていると、そのルール自体が正しいと思い始めるからだ。

営業成績が高い。

だから仕事ができる。

仕事ができる。

だから価値がある。

価値がある。

だから給料が高い。

そんな一本の線を、僕は勝手に引いていた。

でも現実は、そんなに単純ではない。

営業が苦手でも、優秀な技術者はいる。

大きな売上を作らなくても、チームを支えている人がいる。

家庭や健康を優先して、あえて収入を追わない人もいる。

地域や業界によって給与水準も違う。

同じ能力でも、会社が変われば給料が変わることだって普通にある。

年収だけで人間の価値を測れるほど、世の中は便利にできていない。

残念ながら、給与明細に人格査定の欄はない。

それでも、年収を無視していいとは思わない

ここで、

「お金なんて関係ない。好きなことをやればいい」

と書けば、たぶん話はきれいに終わる。

でも僕は、そこまできれいなことは言えない。

年収は、人間としての価値ではない。

これは今もそう思っている。

一方で、仕事という市場の中では、一つのものさしでもある。

同じ水準でできる人が少ない仕事。

高い専門性が必要な仕事。

大きな責任を負う仕事。

大きな成果を生み出す仕事。

そういう仕事には、高い報酬が支払われやすい。

もちろん例外はいくらでもある。

能力と報酬が完全に比例するわけでもない。

上司との相性、会社の制度、業界、地域、タイミング、運にも左右される。

だから年収だけを見て、

「高いから優秀」

「低いから能力がない」

と判断するのは乱暴だ。

ただ、自分自身について考えるときは、

「なぜ今、この金額なのか」

を一度考えてみてもいいと思う。

自分に何ができるのか。

その仕事を同じ水準でできる人は、どれくらいいるのか。

会社が変わっても通用するのか。

今の会社の看板がなくなっても、誰かがお金を払ってくれる能力を持っているのか。

年収という数字を、人間の値札ではなく、自分の現在地を考える材料として使う。

今の僕は、そのくらいの距離感がちょうどいいと思っている。

僕が欲しかったのは、お金より選択肢だった

僕は長い間、役職をかなり意識して働いてきた。

偉そうにしたかったから、と言われれば、たぶんゼロではない。

人間なので。

ただ、一番大きかったのは、

「自分がやりたい仕事を実現するには、権限が必要だ」

と思っていたからだ。

役割が大きくなる。

動かせる範囲が広がる。

できる仕事が増える。

その結果として、収入も増えていった。

だから僕にとって、給料や役職は最終目的というより、

「人生の選択肢が増えているか」

を見る指標に近かったのだと思う。

できることが増えれば、仕事を選びやすくなる。

会社を選びやすくなる。

嫌な環境から離れることもできる。

新しい仕事へ挑戦することもできる。

そして、そのために僕が今でも増やしたいと思っているのが、

別の会社でも使える知識。

別の業界でも応用できる考え方。

人が変わっても成果を出せるマネジメント。

会社の看板を外しても残る経験。

そういう、持ち運べる力だ。

とはいえ、僕はかなりのチキンである

ここまで書くと、

「会社に頼らず生きる力を身につけろ」

みたいな勇ましい話に聞こえるかもしれない。

でも、僕自身は会社を辞めて独立しているわけではない。

会社員をしながら、個人事業主として企業の支援もしている。

我ながら、かなり手堅い。

会社員という安全な場所に片足を残しながら、もう片方の足で自分のやりたい仕事をしている。

悪く言えばチキンである。

僕は長年会社員をやってきた。

だからこそ、会社員という仕組みのありがたさも十二分に分かっている。

毎月決まった日に給料が振り込まれる。

社会保険がある。

有給休暇がある。

多少仕事で失敗しても、翌月の収入がいきなりゼロになるわけではない。

僕は、その恩恵をかなり受けてきた。

だから、自営業や個人事業一本で生活し、そこから家族まで養っている人を見ると、本当にすごいと思う。

ましてや、多くの従業員の人生を背負って会社を経営する経営者はなおさらだ。

僕には、そこまでの度胸はない。

半分冗談で自分を「社畜」と呼ぶことはある。

でも実際には、会社員という制度に守られ、そのメリットをしっかり享受してきた人間でもある。

社畜を名乗りながら福利厚生はきっちり使う。

我ながら、非常に都合のいい家畜だ。

でも、それでいいと思っている。

会社員が悪いわけでもない。

独立が偉いわけでもない。

大切なのは、自分で選べることだ。

会社に残る自由も、離れる自由も欲しい

僕が目指しているのは、会社員を否定して独立することではない。

会社員という安全網を使いながら、その会社がなくなっても生きていける力を少しずつ増やすことだ。

会社員として働き続ける。

別の会社へ移る。

会社員をしながら別の仕事をする。

いつか自分で会社を運営してみる。

定年を迎えた後も、これまでの経験を使って誰かの仕事を手伝う。

どれを選んでもいい。

選ばない自由だってある。

僕自身、子供達が社会人として自立した後なら、今より少しリスクを取れるかもしれないと思っている。

家族を支える責任の形が変われば、自分で会社を運営してみることだって選択肢に入る。

うまくいくかどうかは分からない。

たぶん失敗もする。

46歳になってもチキンなのだから、急に勇者へ転職するとも思えない。

それでも、選択肢として持っておきたい。

そしてもう一つ。

僕は、定年になった瞬間に社会との接点まで定年にしたくない。

会社の役職がなくなっても。

名刺から会社名が消えても。

これまで身につけてきた経験を使って、誰かの役に立てる人間でいたい。

企業の相談に乗る。

若い人へ経験を伝える。

自分で小さな仕事を作る。

必要としてくれる人がいるなら、その人の役に立つ。

そんな形で社会とつながり続けられたらいいと思っている。

だから僕が欲しいのは、独立する勇気そのものではない。

会社に残る自由も、会社を離れる自由も持てる力だ。

年収を上げたいと思ってきたのも、その延長線上にある。

お金そのものが欲しいというより、自分と家族の選択肢を減らしたくなかった。

一番怖いのは、給料が下がることではない

年齢を重ねた今、僕が本当に怖いと思っていることがある。

年収が下がることだけではない。

会社から必要とされなくなることだ。

もっと言えば、

会社の外へ出た瞬間に、何もできない人間になること。

社内では評価される。

役職もある。

給料も高い。

でも、その会社を離れたら同じような価値を提供できない。

もしそうなったら、数字は高くても、僕が欲しかった「選択肢」はむしろ減っている。

だから僕は、社内評価と市場での評価を分けて考えるようになった。

今いる会社で認められることは大切だ。

でも、それだけでは足りない。

特定の会社でしか通用しないルールに詳しくなることと、どこでも使える力を身につけることは同じではない。

もちろん、会社固有の仕事を極めることにも価値はある。

僕自身、長く一つの会社にいたからこそ得られた経験は山ほどある。

ただ、その経験を自分の言葉で説明し、別の環境でも使える形へ変換しておく。

それはやっておいた方がいいと思っている。

ゲームで言えば、キャラや装備を強くするだけでなく、プレイヤースキルも磨いておく感じだろうか(ゲームのプレイスタイルは脳筋プレイだが)。

会社を出た瞬間に装備を全部没収され、レベル1に戻るのはつらい。

40代ともなると、チュートリアルからやり直す体力も昔ほどない。

子供達に伝えたいこと

君たちが社会に出る頃、給料について悩むことはきっとあると思う。

やりたい仕事。

給料の高い仕事。

安定した仕事。

休みの多い仕事。

誰かの役に立てる仕事。

全部そろっていれば楽だけれど、たぶんそんな都合のいい求人は多くない。

そのとき、僕は

「金を優先しろ」

とも、

「やりがいを優先しろ」

とも言うつもりはない。

自分が後悔しない方を選べばいい。

ただ一つだけ覚えておいてほしい。

給料は、君自身の値段ではない。

給料が低いからといって、君という人間の価値が低いわけではない。

逆に、高い給料をもらっているからといって、人間として偉くなったわけでもない。

でも、自分で人生を選びたいなら、力はつけておいた方がいい。

できる仕事を増やす。

人より少し深くできることを作る。

知らないことを学ぶ。

失敗しても、次に使える経験へ変える。

会社の中だけで通用する言葉を、会社の外でも使える力へ翻訳しておく。

その積み重ねが、仕事を選ぶ力になる。

そして多くの場合、その力は結果として収入にもつながる。

会社員でいてもいい。

いつか独立してもいい。

二つを同時にやってもいい。

定年後に、まったく違う働き方を始めたっていい。

大切なのは、

「これしかできない」

ではなく、

「どれを選ぼうか」

と考え、選択する力を持った自分でいることだと思う。

若い頃の僕は、年収を自分の価値だと思っていた。

今は違う。

年収は人間の価値ではない。

でも、自分の人生をどこまで自分で選べるのか。

そのための力がどれくらい身についているのか。

その一部が、年収という数字に表れることはある。

だから僕は、年収を崇拝するつもりもないし、無視するつもりもない。

数字を喰って強くなるだけでは、たぶん足りない。

身につけたいのは、

会社に残る自由と、

会社を離れる自由と、

会社がなくなった後でも誰かに必要とされる力だ。

僕はまだ、その途中にいる。

安全網もしっかり握っている。チキンなので。

それでも、選択肢だけは少しずつ増やしていきたいと思っている。

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