会いに行く【エッセイ】
劇場の扉をくぐるたび、胸の奥がそっと震える。
ここに来る理由はひとつ。
あなたに“会いに行く”ため。
それだけで、今日という日が特別な色に変わっていく。
ロビーに漂う少し甘い匂い、
開演前のざわめき、
座席に腰を下ろした瞬間の静かな高鳴り。
その全部が、あなたへ続く道のりの一部になっている。
照明が落ち、劇場が闇に包まれる。
その瞬間、世界はひとつの物語に変わる。
ステージの上に現れるあなたは、
いつもより少し近くて、
でもやっぱり遠くて、
それでも確かに“ここにいる”と感じられる距離。
ペンライトをそっと灯す。手のひらの中で灯るその小さな光は、今この瞬間の、私の心の形そのものだ。
「来たよ」
「今日もあなたに会いに来たよ」
言葉にすれば消えてしまいそうな「会いたかった」という思いを、その一色に託して。
あなたが歌うたび、踊るたび、劇場の空気が柔らかく震える。
その振動が胸の奥に届いて、私は自分が生きていることを思い出す。
あなたの声は、私の心の奥の触れられたくない場所にそっと触れて、気づけば涙がにじむこともある。
劇場公演は、ただの“観る場所”じゃない。
あなたに会える場所であり、
あなたを好きな自分に会える場所でもある。
ここに来ると、
私は私のままでいていいんだと思える。
そんな不思議な安心が、静かに胸に広がる。
永遠ではないと知っている。
あなたのステージも、私の熱も、
いつかは形を変えてしまう。
でも、だからこそ今日の公演が
こんなにも愛おしくてたまらない。
終演後、劇場の灯りが戻ると、
夢のような時間はそっと幕を閉じる。
でも、胸の中にはまだあなたの光が残っている。
その光が、私の居場所をそっと照らしてくれる。
会いに行くという行為は、ただの移動じゃない。
あなたに向かって歩くという、
小さな勇気であり、
静かな祈りであり、
私が私を大切にするための儀式みたいなもの。
今日もあなたに会いに行けた。
それだけで、世界は少し優しくなる。
あなたにとっての『会いに行く理由』は何ですか?
