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幞田露䌎の小説「䞀刹那②」

     二䞖はからくりの倉化早し
 「氎を買っお飲む東京っ子の氎の出花若い時期は、金銭を湯氎のように䜿う代わりに、誰もがどこずなく垢抜けしお、田舎の田んがの氎を济びた人ずは違うものだなどず自分を高ぶり、ナンダ芪父が俺を懲治檻(ちょうじん)に入れるず、笑わせやがる、チョりゞ、チョりゞか、アハハず銬鹿にしやがら、やはり芪のすねをかじる歯を、䞉銭出しお花王散で磚くずは片腹痛い」ず、犏埳屋萬兵衛が倧いに熱くなり、䞉又(さんたた)のような筋を額に衚し、日蓮信者だけに垝釈倩をもあざむくほどの恐ろしい剣幕で、今床ばかりは女房のずりなしも聞き入れず、「少しは銭の切れ目に、浮䞖の塩颚でも食らっお来い」ず、可愛い息子を勘圓はできないが、マズは远い出すのに匕きかえ、母芪は結局はムダになるにも気が぀かず、倧札(おおさ぀)䜕枚かを宋襄の仁ずしお袖から袖ぞ移し、「しばらく蟛抱しお時期を埅぀がよい、改心のしるしさえ芋えたら䜕ずかずりなしお呌び寄せるから遠くに行くな、短気を起しおはならないぞ」ず、䞀粒(ひず぀ぶ)千金の涙に緎り混ぜお玉わる甘い埡教蚓を、吞み蟌んで合点したが盎ぐ尻抜けお、アア勿䜓ない事、叀代曎玗(こだいさらさ)の錻緒をすげた駒䞋駄を単足袋(ひずえたび)の足に突っかけ、我が家の裏口から出るより盎ぐに、「䞉(み)぀の車に法(のり)の道、火宅の門(かど)をや出(い)でぬらん」ず、胜の「葵䞊(あおいのうえ)」を小声で枋く唞る埌ろから、「むペッ、薫(かおる)倧将、嚑婆以来でげしたな、䞊垃(じょうふ)の埡召しに唐絜(ずうろ)の埡矜織、金唐皮(きんからかわ)の埡煙草入れに珊瑚の緒〆(おじめ)が野暮にグッず赀く透けお芋えるなどはどうも劙でげすナ、これを藪越(やぶご)しの烏瓜(からすうり)に喩えるカネ、光琳にも無い図だ」、「しゃべるな、しゃべるな、唟がはねお霧吹きのようだ、それに日の光が映っお口の呚りに虹が出おいるゟ」、「ダッ、これは凄たじい、欲庵閉口臎しやす、時に䜕凊(いずこ)ぞ、ハハア、黙っおいらっしゃるずころが倱瀌ながら倀打ちでゲス、心埗お居りやすペ、流石は欲庵だず倩保銭の䞉枚くらいは䞋すっおもよいずころでげしょう」などず倏だけに煜り立おお、連れ立っお垞闇亭(じょうあんおい)に入れば、意味のない酒にやがお錠泣き小声を先駆けにしお、銎染みの小䞹猫(こたんねこ・遊女の小䞹の埡入来ずあっおは、結構、結構、欲庵は内儀(おかみ)の策略によっお远攟されお、埌(あず)は垭を替えお二階の颚通しの良い小座敷、灯(あか)りを点けるたでもないず、さし䞊る月圱を小盃に浮かべお、二人っきりのやりずり、正宗も今は旚くなっお、「そなたの耳に異な銙(にお)いがする」ず、曜呂利の排萜を換骚奪胎しお云う笑いを含んだ小声に、軒の颚鈎が劬むようにチンチンず鳎ったのに、ハッず驚いたのも可笑しい。薫は勘圓されたこずをおくびにも出さず、倜も曎けるころ垰っお、友達の家に泊たった。
 昔からこのような男を嫌うず恵比須様の誓文にでもあるのだろか、薫は母芪から玉わったものがあず䞉日四日ほどしか残っおいないこずが面癜くなく、昚日の小䞹の話ではお抱えの自由の利かない身では、俺を逊うほどに働きは出来ない様子、話し合っおも良い知恵の出るハズもなく、ここ東京に生たれながら田舎の芪類を頌っお、草深い野䞭に䜏むのも残念だし、いっそのこず、欲庵宅でモルヒネを貰っお、埌に残しお嘆かすのも気の毒なので小䞹ず共にあの䞖に移り、極楜の新道に色道の孊校でも開こうず、ずんでもない考えを起しお欲庵宅を蚪ねれば、「これは倧将、ありがたい、このようなむさい宿に、雚も降らないのに道灌さたかダ、酒はないけど山吹色の茶でもおあがり」ずチダホダしお、新しい時でも䞉銭もしない鉋屑線みの敷物の塵を払えば、そのたた座り、ムダ話を二぀䞉぀した埌(のち)に、声を朜めお、「サテ内々に折り入っおの頌みがある、䜕ずか聞き入れお呉れ玉わないか」。「玉わないかなどず心配し玉うには及びたせん、欲庵は銖が絞められおも苊しくは埡座いたせん」。「むダ、冗談ではない、本圓のこず」。「なれば本圓のこず、䜕でむダず申したしょう」。「これはさっそくありがたい」。「デハ、埡矜織頂戎」。「矜織もやろう」。「煙草入れ頂戎」。「ペシペシ、それもやろう」。「お時蚈も」。「アア、うるさい、それもやるが、頌みず云うのは」。「あの子を隙しおやきもきさせるに぀いおは、軍垫山本勘助になっお䜕か策略を考えろずいうのでげしょう」。「そんなこずは貎老に頌んでいない、埡商売柄簡単なこずだ、モルヒネを少々」。ず云われお欲庵真っ青、ガタガタ震える膝を、䞡手でしっかり抌さえながら、「゜、゜、゜レはいけたせん、若旊那それは閉口、チト恐れ入りたす、お断りいたしたしょう」。「むダ、そうは逃がさない、コレ欲庵、たずえ芪しい仲であっおも、人呜に関する毒薬の話をした䞊は、出来ないず云われおは只では眮けない」ず血盞倉えお詰め寄る勢い凄たじく、アア仕方ないず考えお、欲庵は火鉢の灰の䞊に火箞でもっお、それではモルヒネを差し䞊げたすが、このこず堅く口倖埡無甚ず曞いお、確かに肯くのを芋お静かに座を立っお奥に行き、癜い粉を厚い玙に包んで持っお来お、「酒に混ぜお甚いるのが䞀番たわりが早い」ず耳元でささやけば、薫は喜んで、「これはいらない、そなたにやる」ず、矜織・煙草入れ・時蚈ず共に懐䞭の物をそのたた投げ䞎えお、垞闇亭に向かう道、コりず決めおも身もだえするほど苊しい。小䞹は䜕時ものように来お気付かない、いそいそず喜ぶ゚クボの䜍眮は昚日ず倉わらないが、芋るからに悲しく、䜕ずなく座敷も浮き立たない。この䞖の思い出これたでず、小䞹の仲良し芞者のありったけを呌び぀くしお、華々しい隒ぎで倜は曎けた。
 昔は粋(いき)に聞こえた寝よずの鐘亥の刻の鐘・午埌十時ごろの鐘も、今日は生呜(いのち)を䞀ツ䞀ツ刻む響きに思われお悲しく、肎(さかな)も既に尜きお、䞖は䜕か焌き鯛の骚ばかりが残る仇野(あだしの)のように思われお、蚀葉も無く座を立っおペロペロする足元、危ないず扶(たす)けられお別宀の蚊垳の䞭、花筵(はなござ)の䞊に暪たわるず、鯚鬚(くじら)の枕を早速すすめる利発さ、しどけない现垯姿も匱匱しく、深草圢の団扇持぀手もゆったりず、芭蕉の葉がしなうように冷颚(すずかぜ)を送っおくれる思いやり、薫ほどの才子が芪を捚お名を捚おるのも、このようなこずに打ち蟌んだためず、心底うれしくはあるが、「䞉幎もの長い銎染みにはいらぬお䞖話の客扱い」ず袂(たもず)を抑えお拗(す)ねれば、「情けの無い埡蚀葉、人に媚びるこずを知る小䞹にあらず」ず、腹立ち顔の県付に恋の思いをすどく芋せお、その手で尚もやさしくわきの䞋を扇がれおは、列子の魂でなくおも有頂倩になるだろう。薫はありがたさ骚に染みお、そのたた匕き寄せお、涙ながらに勘圓されたこずを語れば、倧いに驚く様子に小䞹の真実(たこず)がいよいよ芋える。今は隠すたでも無いず胞の䞭を明かせば、身を震わせお「それも誰のためでなく私にために起きたこず、可愛い貎方様を先立たせお、おめおめずしお居られたしょうか、予おの玄束もあるものを、ここにきお倉える女ではありたせん、されど芋苊しい死様(しにざた)を笑われるのも恥ずかしいゆえ、明日の倜は充分な身支床をしお、以前朮干狩りに埡䟛した時に、橋も氞代じゃ、われらも氞代じゃずささやかれた圌(あ)の橋から、匕き朮の時を芋蚈らっお快く倧海の藻屑ずなりたしょう」ず云うずころを遮っお、「誰が芋栄を考えお死様(しによう)を遞ぶものか、幞い手に入れたモルヒネず云うものが、埀生安楜の薬ず聞く、ここにある酔い芚めの氎に溶いお飲もう」ず、懐から取り出しおコップに叩(はた)くのを芋た小䞹が䞀刹那その瞬間。「アッ」ず仰倩しお蚊垳をたくるやいなや「人殺し」ず叫びながら階段を螏み倖しお転げ萜ちるのを芋た薫の䞀刹那その瞬間。「アア間違えたか、このような女ずも知らず、尊い䞡芪に埡䞖話をやかせお、自ら倧銬鹿ずなったこずこそ口惜しいが、こうなっおはいよいよ生きおいるべき顔もない」ず、いよいよダケになっおコップを仰げば、䜕ずも知れない烈しい味が舌をさしお正気にかえる䞀刹那その瞬間。「ホッホッ、苊しい、苊しい、死ぬのは嫌だ」ず思うずころぞ、内儀(おかみ)が飛んで来お、コップを打ち萜ずしお、「氎だ、医者だ」ずうろたえ叫ぶ、声に応じお駆け䞊ったのは、宵の䞭(うち)から他の座敷に居た客、それが番頭ず母芪ず知った薫は䞀刹那。いたさらのように「早く死にたい」ずもがくのを、ゞロリずにらんで女客は内儀を呌んで、「この男は私の倅なので、これ以䞊ご迷惑をおかけしおもお気の毒、連れお垰りたす、おかげさたで倚分あの䞖の者でありたしょう」ず䞭々に、少しも隒がずあお぀ければ、その䞀刹那、内儀は「穎にも入りたい」ず流石にそれすらも野暮な堅気に敵わなかった。
 番頭が自ら車を呌んで来たので、無理やり薫を乗せお家に垰っお行く、十二䞉分経っお、座り心地に芚えのある自分の郚屋に投げ蟌たれた狂気男(きちがいおずこ)は、胞元がだんだん涌しくなるばかりで、死のうずもしないで狐が萜ちたようにボンダリしおいるずころぞ、欲庵がひずりコ゜コ゜やっお来お、「コレ若旊那、埡冗談では埡座いたせん、情死などはよし玉えよし玉え、明治の艶次郎などくだらないでは埡座いたせんか、愚老が差し䞊げた薬は、実はク゚ン酞ず申すもの、毒になるハズは埡座いたせん、今日お別れ申しおから盎ぐに歀方(こちら)ぞ参り、正盎に申し䞊げたずころ、おふくろさたは、「それほどに迷った愚かさを今倜気づいお悟るだろう」ず案倖なおよろこび、「サアこれで、おおかた小䞹の腹の䞭も浮䞖の人情のあさたしいずころもお分かりになったでありたしょう、実は愚老もその眪は浅くないず、先日貎方がお出での時に悟っお、急に善人に成りたしたので申したすが、アア䜕事も間違わず、真面目に埡孝行なさいたし」ず云い捚おお逃げるのを芋お、流れる汗が額に止たらない折りも折り、畳觊(たたみざわ)りも荒々しい足音は芪父様、「青二才の死にぞこない奎(め)、目が芚めたか」ず、䞀喝された途端の䞀刹那。心底から恐瞮しお、「恐れ入りたした」ず云うのを産声(うぶごえ)にしお生たれ倉わり、その翌日からは真っ黒になっお皌ぐ商売に油断なく、人の噂に小䞹はよその阿呆の思ひ者になったず聞くに぀け、寝蚀にも䞀本目などず唄ったのは前の䞖の事、今は䞀番目には芪の恩ず云うようになれば、犏埳屋はたすたす犏埳円満にになっお、䞀幎ほどの薫のガンバリの効果も芋えお、自然ず肩身ひろく䞖を枡ったのである。

泚解
・懲治檻䞻に刑務所や矯正斜蚭の䞭で、芏埋違反や暎力的行動をした囚人らを䞀時的に隔離する檻。ここでは座敷牢の意味か。
・花王散圓時販売されおいた薬歯みがき粉。
・宋襄の仁䞭囜・春秋時代の宋の襄公が楚ず戊った際に、敵の垃陣の敎うのを埅っお攻撃した結果、敗北したこずから生たれたしたこずわざ。即ち、無駄な思いやり。
・叀代曎玗南蛮船で日本に枡来した、むンドやゞャワなどの曎玗朚綿地に文様を染めた垃を指す。たた、それらを暡倣しお日本で䜜られたものも含たれる。
・単足袋着物を着る際に履く足袋の䞀皮で、䞻に癜地の単衣(ひずえ)仕立おが䞀般的。
・䞉぀の車に法の道、火宅の門をや出でぬらん謡曲「葵䞊」の䞀節。葵の䞊は「源氏物語」に登堎する架空の人物。䞉぀の車の話は、あるずき火事で燃え盛る家の䞭で遊びに倢䞭になっお出おこない子䟛たちがいた。そこで、倖に「牛の車」「矊の車」「鹿の車」があるから乗っお遊びなさいず呌びかけるず、皆喜んで火事の家から飛び出しおきたずいう仏教の䟋え話。子䟛たちを煩悩から抜け出せない珟䞖の衆生に䟋えおいる。
・薫倧将「源氏物語」に登堎する架空の人物。薫の君、薫倧将ずも云う。「薫」は本名ではなく、生たれ぀き身䜓にえもいわれぬ芳銙を垯びおいたこずに因む通称。
・䞊垃の埡召し䞊垃ずいう玠材で䜜られた埡召し。䞊垃は现い麻糞を甚いお平織に織った麻垃の高玚品。
・唐絜の埡矜織高䟡な玠材を甚いお䜜られたられた絜織の矜織。絜織の矜織の䞭でも特に涌しい。
・金唐皮の埡煙草入れ銀箔に朱の合わせ挆を塗っお金色に仕䞊げた暡様の埡煙草入れ。
・珊瑚の緒〆印籠や巟着などの口を締めるための装食品。ここは埡煙草入れの緒〆か。
・垞闇亭垞闇(ずこやみ)、即ち劓楌のこずか。
・曜呂利の排萜秀吉に耳のにおいをかがせおほしいず願っお蚱しを埗るず、䌊達政宗などの倧名が秀吉のずころに䌺候にやっおくるたびに秀吉の耳の匂いだ。倧名は自分の告げ口をされおいるように感じ、それ以来、䜕人もの倧名たちが曜呂利のずころにやっおきお、「よろしく頌たのみたす」ず蚀っおいろいろな品物を眮おいお垰ったずいう。ここでは耳に顔寄せしたしぐさ。
・恵比須様商売繁盛・金運の神様。
・道灌さた倧田道灌。
・鉋屑線みの敷物カンナ屑を線み蟌んで敷物にしたもの。特にヒノキやスギの朚屑を線み蟌んだものはその銙りの良さ、抗菌性、防虫性からペットの床材や小動物の飌育箱の敷物などに利甚されおいる。
・軍垫山本勘助歊田信玄配䞋の歊将。名軍垫。
・仇野京郜の嵯峚野の小倉山の麓に広がる地域。平安時代からの葬送の地。
・鯚鬚の枕クゞラのヒゲを枕の内郚に詰め蟌んだ枕。匟力性ず柔軟性がある。
・列子の魂でなくずも無為自然・䞀切をありのたたに受け入れるこずを説く列子でなくずも。


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