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奈良県天理ウェルネスツーリズムの可能性 其の七 聖地巡礼②

1.リオデジャネイロ

キリスト像を「祈り+絶景+自然+都市の象徴」にしたモデルです。

リオの象徴は、コルコバードの丘に立つ「コルコバードのキリスト像(Cristo Redentor/救世主キリスト像)」です。

キリスト像

観光モデルとして面白いのは、「キリスト像だけを見る」場所になっていないことです。

コルコバード山はティジュカ国立公園の森林の中にあり、山頂からは、リオの市街地、グアナバラ湾、海、山、森林、を一望できます。

UNESCOも、リオの世界遺産を「山と海の間のカリオカ景観」として評価し、ティジュカ国立公園からコルコバード山とキリスト像、海岸までを一つの文化的景観として捉えています。

ここでは「宗教的象徴 × 山 × 森 × 絶景 × 都市」が一体になっています。
ここがリオ型の最大の特徴です。

「祈る人」と「観光する人」が共存する

キリスト像はカトリックの宗教的シンボルですが、訪問者の全員が信者ではありません。ある人は祈る。ある人は写真を撮る。ある人は絶景を見る。
ある人は「両手を広げたキリスト」という世界的なシンボルに触れに来る。つまり一つの場所に「信仰価値と観光価値が共存」しています。

ブラジル政府観光局も、コルコバード山とキリスト像をリオを代表するランドマークとして紹介し、ティジュカの自然やアウトドア体験とともに位置づけています。

リオから学べること
非常に重要なのが「象徴性」です。
キリスト像は、愛・平和・歓迎を連想させる巨大な都市シンボルになっています。つまり観光客は、「高さ何メートルの像を見る」ためだけに行くのではありません。
リオに来た。あのキリスト像の下に立った。」
という体験そのものに価値を求めています。
この意味でリオは、宗教的シンボルを都市ブランドにまで昇華させた例と考えられます。

2.ラサ(チベット)

「都市そのものが巡礼路」であるチベット仏教の聖地

ラサは、天理を考えるうえで非常に興味深い事例です。
標高約3,700mの高地に位置し、チベット仏教の精神的中心として発展してきました。
ユネスコ世界遺産の中心となるのは、
ポタラ宮 ジョカン寺(大昭寺) ノルブリンカです。

ラサ・ポタラ宮

ユネスコはポタラ宮をチベット仏教とチベットの伝統的統治の中心的象徴とし、7世紀創建のジョカン寺を卓越した仏教宗教施設として位置づけています。
しかし、ラサの巡礼で最も重要なのは、
建物を見ることではありません。
「コルラ」と呼ばれる、聖地の周囲を時計回りに巡る行為そのものです。

3.ラサの核心――バルコルを歩く

ジョカン寺の周囲には、バルコル(八廓街)と呼ばれる巡礼路があります。巡礼者はジョカン寺を中心として歩きます。
祈りながら歩く。マニ車を回す。数珠を持つ。中には、立って⇒手を合わせる⇒地面に身体を伏せる⇒再び立つという五体投地を繰り返しながら巡礼する人もいます。

身体全体を使って祈るこれが非常に重要です。
ラサでは、歩くことそのものが宗教行為なのです。
ユネスコもジョカン寺周辺の歴史地区・バルコルを重要な環境として扱い、2025年の世界遺産委員会でも、ジョカン寺広場について巡礼者が敬意をもって巡礼できるよう管理することを求めています。

4.ラサは「高原の自然」まで含めて聖地体験になる

ラサにはもう一つ強い要素があります。高原という環境そのものです。
青い空、乾いた空気、雪山、巨大な山岳景観、標高3,700mの身体感覚。そこに、寺院、僧侶、祈り、マニ車、巡礼者、が存在する。
自然環境と宗教文化を切り離せない。」
旅行者にとっては、「寺院を見る」だけではなく、チベットという世界に身体ごと入っていく体験になります。これがラサの強さです。

5.ラサ型巡礼のポイント

観光設計として見ると、
ラサには、聖地 → 巡礼路 → 身体行為 → 祈り → 都市景観 → 高原自然という連続性があります。「点」の観光ではなく、「空間全体」が聖地なのです。
これは天理にも非常に参考になります。
天理教教会本部という一点だけでなく、天理駅、商店街、宗教都市景観、教会本部、山の辺の道、石上神宮、までを、

「歩くことによって精神世界へ入っていく都市」

として設計する考え方です。

6.エルサレム(イスラエル)

世界三大宗教が同じ都市空間で交差する、世界屈指の聖地

エルサレムは、さらに特殊です。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。世界三大一神教の聖地が、極めて狭い旧市街に重なっています。
ユネスコも、エルサレム旧市街をユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって象徴的意味を持つ聖都として位置づけています。

エルサレム

ここには、ユダヤ教の西の壁(嘆きの壁)、キリスト教の聖墳墓教会、イスラム教のアル=アクサー・モスク、岩のドームがあります。

一つの都市の中に、それぞれ異なる「聖なる物語」が重なっている。
これがエルサレム最大の特徴です。

7.キリスト教巡礼――「物語の中を歩く」

キリスト教巡礼では、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)が非常に重要です。伝承上、イエスが十字架を背負ってゴルゴタへ向かった道とされます。巡礼者は、オリーブ山、ゲッセマネの園、旧市街、ヴィア・ドロローサ、聖墳墓教会、などを歩きます。
イスラエル観光当局の公式モデルコースも、オリーブ山からゲッセマネ、旧市街、ヴィア・ドロローサ、聖墳墓教会へと歩く巡礼導線を紹介しています。
ここで起きていることは非常に面白い。
聖書を、読むのではなく、歩いて体験する。
「この場所で何が起こったのか」という物語を聞きながら、その場所に自分の身体を置きます。だから、歴史+物語+歩行が一体になります。

8.ユダヤ教巡礼――西の壁

ユダヤ教において象徴的なのが西の壁です。
第二神殿時代の神殿域を支えた壁の一部であり、長い歴史を通じて祈りの場所となりました。訪問者は壁の前で祈ります。
そして有名なのが、紙に願いや祈りを書き、壁の隙間に差し込む行為です。ここでも重要なのは、「見る」のではなく、自分で行為するということです。

9.イスラム教――ハラム・アル=シャリーフ

イスラム教では、ハラム・アル=シャリーフ(高貴なる聖域)が重要です。ここには、アル=アクサー・モスク、岩のドームがあります。
アル=アクサーはイスラム教の重要な聖地であり、岩のドームはムハンマドの夜の旅と昇天の伝承と結びついています。
同じ場所がユダヤ教にとっては古代神殿と結びつくため、
同じ土地に複数の宗教的記憶が重なるという、エルサレム独特の構造が生まれています。

10.エルサレムの最大の観光価値は「都市を歩けば物語に出会うこと」

エルサレム旧市街には、ユダヤ人地区、キリスト教徒地区、イスラム教徒地区、アルメニア人地区があります。
その狭い路地の中に、教会、モスク、シナゴーグ、市場、遺跡、祈りの場所が密集しています。
都市を歩くことそのものが巡礼になります。
公式観光情報でも、旧市街の路地を歩き、西の壁、ヴィア・ドロローサ、聖墳墓教会などを巡る体験が中心になっています。
ここがエルサレムの圧倒的な強みです。

3都市を比較すると非常に分かりやすい

聖地核になるもの巡礼者の行為ウェルネス的価値リオキリスト像+自然+絶景山へ上る・見る・祈る開放感・希望・畏敬ラサチベット仏教+高原歩く・五体投地・祈る内省・身体性・精神集中エルサレム三宗教+歴史物語聖地を歩く・祈る・追体験意味・記憶・自己との対話
そして、3つの成功に共通するのは、
宗教施設が単独で存在していないことです。

リオは、聖地+山+森+絶景+都市。

ラサは、聖地+巡礼路+身体行為+高原文化。

エルサレムは、聖地+物語+旧市街+歩行+歴史。

聖地の価値は「建物の価値」ではなく、そこに至る風景・物語・身体体験まで含めて成立している。ということです。

ルルド―の泉

これは天理にとって、とても重要です。
天理にも、山の辺の道=歩く古代ヤマト=物語石上神宮・古社=祈り天理教教会本部=精神文化おやさとやかた=宗教都市景観「ようこそ、おかえり」=歓迎と帰還の物語があります。

天理が目指すべきなのは、巨大な「観光施設」を新しく造ることより、
すでに存在している場所を、歩く物語として結び直すことだと思います。

リオからは「象徴を都市ブランドにする」ことを学ぶ。
ラサからは
「都市全体を歩く聖地にする」ことを学ぶ。
エルサレムからは
「歴史・物語の現場を歩かせる」ことを学ぶ。

その3つを組み合わせると、天理は、
「日本の始まりの記憶を歩き、祈りの町へ帰り、自分自身に帰る巡礼都市」というかなり独自性の高いポジションを構築できると思うのです。

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