好きな人が勝手にゲルマン民族にされて大激怒した思い出

これを書くために当時のことを思い出そうとしたらまたブチ切れそうになっている。

私の好きな人(推しではない、推しという言葉がほんのり苦手だ)である手塚国光くんは一流のテニスプレイヤーを目指し、中学三年生にしてたった一人でドイツへ飛び立った。
その時の描写が少し差別的でリアルなのだ。
ドイツのプロ選手の練習相手のパートナーを志願するも、東洋人だからという理由で追い返されてしまう。実力があるのに、日本人だからという理由で相手にされない。それでも国光くんの才能を見抜いた人物がいて、U-17大会のドイツ代表選手として選抜される。

私はドイツ代表の国光くんがテニミュの舞台に立つことをそれはもう楽しみにしていた。
テニスのために一人で異国に赴く姿勢がかっこいいし、あと単純に真っ黒なドイツ代表ユニフォームが厳しい表情を崩さない国光くんに似合っていてめろめろ。

だが迎えたミュージカル新テニスの王子様 The Third Stageのドイツ代表全員で歌うシーンで私はブチ切れてしまう。

我々は伝統と誇りを胸に進軍する無敗の帝国だ
(中略)
我々は歴史ある名誉と栄光のゲルマン民族の血を引く
徹底的なヒエラルキーで王者に君臨

《偉大なる帝国》テニミュ・モバイルより一部引用

す、好きな人がナチスドイツを連想させるコンプラ完全無視のヤバい歌を歌わされている〜〜〜⁉️⁉️⁉️

しかも日本人なのにゲルマン民族の血を引いてることにされてる〜〜〜⁉️⁉️⁉️

私はオタクが「逆CPが地雷」「イベントに参戦」などと言うのに対して戦争を連想させるからやめよう!と主張するのはただの言葉狩りだろと思う方ではあるのだが、エンタメを創る側が「『帝国』という言葉がなんとなくかっこいい」という価値観で作詞をするのは浅慮が過ぎると思う。
そもそもこの歌詞の元ネタは新テニ23.5巻に記載された文だが、それが舞台で歌われるまでの過程でどうして誰も止めなかったんだろう。
ドイツを帝国呼ばわりするのは、ナチスドイツによる歴史を反省して共和政として立ち直り、ナチスを肯定する思想の表明を法で禁じているドイツをあまりにも蔑ろにしているのではないか。
ゲルマン民族が他民族と比べて特別優れているかのような歌詞も、ナチスの思想を連想させるし、国光くんのオタクが「国光くんはゲルマン民族じゃないよ〜」と悲しんでいるとかの次元ではなく誰が聞いても倫理的にダメだろ。

私は新テニミュ製作陣の「倫理」を信用していない。
テニミュ4thの脚演や作詞をしている三浦さんだったら、私の好きな人はゲルマン民族にさせられなかったのになと思ってしまう。
三浦さんは中学生の亜久津に煙草を吸わせないし、剣太郎に「ブス」という言葉を言わせないし、小春とユウジがゲイカップルであることを馬鹿にするような台詞も言わせない。

私はあまり積極的に政治思想の話をしたくないのだけど、積極的に話したくないからこそ倫理的におかしいエンタメを見せられるとブチ切れてしまう。

サーステでコンプラ完全無視ゲルマン民族ソング《偉大なる帝国》を聞かされたので、日本代表vsドイツ代表の試合を描く次作のフォーステでは倫理観がちゃんとしててかっこいい歌をくれと思っていたのだが、そもそもドイツ代表の曲が無くて椅子から滑り落ちた。
ゲスト的に出演したスペイン代表の曲はあったのに。
なんでだよ。

2.5次元に限らず、アニメ化、実写化で自分の好きな人があるべき姿ではない描かれ方をされるのはこんなに悲しいんだなと実感したし、これまでのテニミュでの国光くんに対して解釈違い〜泣となることがあまりなかったので、解釈違い飛び越えて事実誤認倫理無視なことあるんだと横転した。

余談だがテニプリのグッズで「庭球浪漫」シリーズという大正ロマンを模した世界観でキャラクターが大日本帝国時代の軍服を着ているものがあって、それが海外で炎上したことがある。
私はそれに対してはあんまり怒ってない。ただのコスプレだと思っているので。

でも《偉大なる帝国》は様々な出自の選手が集まっている国際大会で比喩とはいえ帝国主義的なものをかっこよく歌ってしまったこと、ゲルマン民族の血を引かない選手にゲルマン民族を称賛する歌を歌わせたことがどうしても許せない。庭球浪漫にははっきりとしたコンテクストがないが、《偉大なる帝国》には一人の日本人が実力によってドイツ代表で活躍しているという文脈がある。
「連勝中のエリートである」ことを表現するのに、戦争や血統を要素として使う必然性があったとは思えない。

私はどこの国のユニフォームを着てどこの国のコートに立とうとも自分のアイデンティティを失わず凛とした国光くんが大好きです。

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