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立秋なんてピンとこなかった。でも、明け方歩いてみたら季節はちゃんと動いていた

ここ数週間、明け方にウォーキングをしていて、気づいたことがあります。

生き物の様子が、少しずつ変わっている。

たとえばセミ。

少し前と比べると、鳴いているセミの種類が変わってきました。

以前は明け方によく鳴いていたカエルも、大雨が降ったあとからパタッと声を聞かなくなりました。

カエルについては、大雨が原因なのか、季節の変化によるものなのかは分かりません。

ただ、数週間前と今を比べると、明け方に出会う生き物たちの様子が確実に違う。

それを見聞きしながら

「おー、ちゃんと変化してるんだな」

と、得も言われぬ感動を覚えました。

そして、ふと二十四節気のことが頭に浮かびました。

「立秋」と言われても、どこが秋なんだと思っていた

8月に入ると、暦の上では「立秋」を迎えます。

でも日中に外へ出れば、暑い。

とにかく暑い。

立秋と言われたところで

「どこが秋なんだよ」

というのが正直な感覚でした。

自分にとって季節の変化は、かなり気温と結びついていたのだと思います。

暑ければ夏。

涼しくなってきたら秋。

そんな見方をしていれば、これだけ暑い時期に「秋が始まります」と言われても、なかなかピンときません。

昔から使われている二十四節気も、今の気候には合わなくなってきている部分があるんだろうな。

なんとなく、そんな捉え方をしていました。

でも、明け方に歩くようになってから少し印象が変わりました。

日中の暑さだけでは見えなかったもの

日中の気温だけを見ていると、数週間前も今も「暑い」でまとめられます。

でも、明け方に同じように同じ場所を歩いていると、そうではなかったんです。

鳴いているセミの種類が変わる。

聞こえていた生き物の声が聞こえなくなる。

少しずつ、周囲の様子が入れ替わっていく。

人間の自分からすると

「今日も暑いな」

で終わる一日でも、生き物たちは同じ状態を繰り返しているわけではない。

日中は真夏のようなのに、その裏側ではちゃんと季節が進んでいる。

そんな感覚がありました。

そこで初めて

「二十四節気って、今でも残っている部分があるんだな」

と思ったんです。

二十四節気が変わったわけではなく、自分の見る場所が変わった

もちろん、今回の経験だけで

「二十四節気は今の日本の気候にも正確に当てはまる」

と言いたいわけではありません。

気候は、昔とは大きく変わっています。

カエルが鳴かなくなった正確な理由だって、自分には分かりません。

ただ、自分の中で二十四節気に対する見え方が変わったのは確かです。

そして考えてみると、二十四節気が変わったわけではありません。

変わったのは、自分の生活の方でした。

以前の自分は、明け方に何週間も続けて外を歩くことなんてありませんでした。

今は、朝にウォーキングをするようになって、似たような時間に、似たような場所を継続して歩いています。

だから

「前はこのセミじゃなかったな」

「そういえばカエルの声を聞かなくなったな」

という比較ができる。

一日だけ歩いていたら、たぶん気づきません。

その日にセミが鳴いていても

「セミが鳴いてるな」

で終わっていたと思います。

数週間前の状態を自分で見ているから、今との違いが分かる。

そう考えると、自分が二十四節気を実感できる場所に少し近づいただけなのかもしれません。

季節を「知る」のと「見る」のは少し違った

カレンダーを見れば、立秋がいつなのかは分かります。

天気予報を見れば、今日の最高気温も分かります。

そういう情報は、以前から知ることができました。

でも今回感じたのは、それとは少し違うものでした。

毎日のように歩いて、自分で実際の変化を見聞きする。

そのあとで「立秋」という言葉を見ると

「確かに何も変わっていないわけではないんだな」

と思える。

知識として知っていたものと、自分で観察したものが初めてつながった感覚があります。

もしかすると、自分はこれまで季節をかなり大きな変化で捉えていたのかもしれません。

暑いから涼しいへ。

夏から秋へ。

でも実際には、ある日突然すべてが切り替わるわけではない。

まだ暑い中でも、セミの種類は変わっていく。

生き物の様子も少しずつ変わる。

そういう細かな変化が積み重なった先に、人間にも分かりやすい「秋」が来るのかもしれません。

季節を見る解像度が少し上がったのかもしれない

ウォーキングを始めたのは、二十四節気を観察するためではありません。

朝に歩いて、身体を動かす。

それを続けていたら、結果として以前より外の様子を見聞きする時間が増えました。

そして数週間続けているうちに、生き物の変化まで比較できるようになった。

今回面白かったのは、二十四節気について新しい知識を得たことよりも、自分が季節を見る解像度が少し上がったことなのかもしれません。

日中の気温だけなら、今も十分すぎるほど夏です。

それでも明け方に歩いていると、その「暑い」の中にも変化がある。

今までは気づかなかっただけで、こういう小さな変化は毎年起きていたのでしょう。

この先もう少し歩き続けたら、今度は何が変わるのか?

気温が下がって「秋になった」と感じるより先に、生き物たちの方が何かを見せてくれるのかもしれません。

引き続き、明け方の様子を見聞きしてみようと思います。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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