20代後半、理想の葬式を考えたら妄想が止まらない。
話の流れで”お葬式”について話していたとき、友達に「おばあちゃんのお葬式でおばあちゃんが好きだった曲流れてたな〜〜」と言われた。
まだ27歳の私は、記憶に残るほどお葬式に行ったことはなく「まって、そんなことできるん、葬式」と興味を持った、のが始まり。そこから「え、今葬式するとしたら流したい曲ある?」と理想の葬式トークが始まった。これがまさにINFJの2人が繰り広げる会話の内容である……。
「ちょっと今度『理想の葬式』について語る日決めよう、遺影も撮ってみたい」と、まさかの理想の葬式について語る日が決定した in 芝公園

どんな人でも絶対にいつかは経験するものなのに、それがどういうものかあまり考えたことがなく恐怖を覚える『死』、それを前提に「ちょっと初めて死について向き合ってみよう」となった、のである。
理想の葬式を考えてみた
大前提として、ただのとある20代後半女子の雑談、と思って読んでいただきたい。知識もなければ、適当に妄想しているだけでございます。:)
✓何と燃やされたいか
ここ数年間で親族の葬式に2度、出席した。棺の中は花で埋め尽くすものだと思っていたが亡くなった方の好きだったものや思い出も一緒に入れるらしい(入れたかったら、だと思うけど)。
私が見たのは、故人がシュークリームが好きだったらしく、みんなで花と共に大量のシュークリームを棺に入れた。別のときは、アイスが好きだったらしく、みんなで花と共にソーダ味のアイスバーを入れた。なるほど……果たして私が今死んで、葬式が開かれた場合、何と燃やされるんだろう。
と、考えたときに可能かどうかは知らないけれど、私の手帳(日記)と共に燃やされたいと思った。というかこれしかない、手帳とともにこの世から跡形もなく去りたい。
毎日、毎年、日記を書いてると頻繁に頭をよぎるのです。あぁ、もし今日事故で死んでしまったら、私の日記は絶対に読まれるんだろうなぁ最悪、と。今後信頼できる人に、私が死んだら誰にもページをめくらせず、棺桶に日記を入れて全部燃やしてほしい、とお願いする予定にした。果たしてできるのかは知らない。
ちなみに葬式中に、隣に居た弟に「何入れてほしい?」と聞いてみたら「屋台で売ってるベビーカステラ」と言われてしまった。いや……葬式という忙しいときにまず屋台がある場所を探してベビーカステラを買いに行く、という手間。季節、季節によるなぁ。
✓何を流したいか
友達との会話でいちばん盛り上がったのはこれだ。まず「最近明るい系の葬式もあるじゃん、みんなが笑顔になるみたいな、それか普通に悲しい系のやつ(言い方)、どっちがいい?」という話題で、お互い圧倒的に『なんなら全力で悲しいやつ』。うちらに明るいの合ってない、わかる、に落ち着く。
友達はお気に入りの曲があるらしく、なんとなくプレイリストが出来上がっていた。私はな〜〜、ないんだよなぁ、全部アップテンポすぎる。ももクロとかヒプマイとか聴いてる。『なんなら全力で悲しいやつ』をテーマに話し合った結果、藤井風最強説が出てきた。

ちなみにももクロでいちばん好きな曲はGOUNNなので、ちょっと宗教チックでハマると思うけど、本当に宗教チックでどうだか。AMARANTHUS、白金の夜明けあたりのアルバムをすご〜〜く小さな音量でずっと流しとくとかどうか。
✓何を用意してほしいか
最近行った葬式でいいな〜〜と思ったのが、おばあちゃんの作ったホットコーヒーが好きだった、と言って棺桶のすぐそばにおばあちゃんが作ったホットコーヒーがマグカップに注がれて置いてあったのです。式中も湯気が見えていたぐらい。
そういうのもありなのか、葬式のイメージって、ただただ真っ黒、悲しいだけ、のイメージだったけど、その人との思い出を振り返られるような、お別れ会、みたいな感じでもあるんだな〜〜と思ったわけです、20代後半にて。
何かの本で、自分だけが主役になれるイベントはこの世に生まれてきたときと、葬式のみ、みたいな文言をみたことがある。といってもこの世に生まれてきたとき、双子だったら、とか、産んだ母も主役では、とか色々考えていくと、自分が主役なのは葬式だけなのでは、と思った。人生最初で最後のビッグイベント、って考えるとただ怖いだけの”死”について少し考えられるかもな〜〜と思い始めていたり。
葬式で隣にいた、ベビーカステラを頼んできた弟とは別のゲーム好きな弟に、「あんたの葬式には棺桶の横にWi-Fiのルーター置いといてあげるな」と言っておいた。
✓試しに遺影撮影してみた
理想の葬式を友達と語り始めてから「今死んだら遺影にできる写真なくない!?」にたどり着いた。みなさんもぜひカメラロールを見てみてほしい、結構良い写真、ないのです。最近だと加工されていたり、誰かの隣とか、ポーズとってるとか、いろんな理由から、遺影向きな写真ってない。
調べてみると5年前ぐらいの写真までならOK(曖昧な情報です)らしいけれど、27歳の私にとって22歳は顔が違うのです。「一旦撮ってみる?」

さて、人生で初めて遺影(の練習)を撮ってみたが、難しすぎてびっくりした。簡単な感想は以下の通り。
・まず緊張する
・無表情は微妙だし、どのぐらいの笑顔なのか
・全然良いの撮れないし、決めれない
・背景はどうするか
27歳にして学んだ、遺影を撮るのは難しい。やはり撮ろうとすると緊張するので、旅先とかで撮れた自然な笑顔が望ましい。年を重ねるごとに写真を撮らなくなっていたけれど、そういう意味では写真も撮ったほうがいいなぁ(?)
人生最大の主役イベント。
学生時代から本当に時々頭によぎるのです、死ぬの怖いなぁ……みたいな思考。考えても何も変わるわけではないけれど、どんな感覚か、どうなるのか、痛いのか、何も誰もわからない未知だからこそ怖い。
初めて理想の葬式について考えたり、終活の本を読んだりして、学生時代よりかは、終わりのない恐怖より1%以上は死への恐怖が薄れた気がします。
理想の葬式を妄想したところで、その妄想を誰かに受け継いだり紙に残したところで、実行されたかどうかはわからない話なので、まあ妄想するぐらいは勝手に楽しんじゃおうと思うのです。
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