見出し画像

遠視のはじまり

小学校2年生のとき、理由は忘れたけれどクラスの男の子と殴り合いの喧嘩になって、目を殴られた。

痛かった記憶もあんまりなくて、先生に仲介された記憶もなくって、おそらくその子は「やべ〜ミスって目殴っちゃった〜〜」みたいなテンションでいて、その喧嘩はフェードアウトしたのだとおもう。

家に帰ってふとその事件を思い出し、母親に「今日殴られた」と報告をした。母からしたら衝撃の報告である。

誰に?! とかはまったく聞かれず、
どこを? と聞かれたので、右目。と答えた。

ものすごい勢いで準備をして、眼科に行くことになった。

私の遠視はその時に判明した。

薄々不自由は感じていた。なんとなく本や教科書を読んでいても同じ行をずっと辿ってしまう。
明朝体がとても苦手で、それは今も変わらない。

でも視力は2.0あって、普通の健康診断の「上!」とかは完璧なので、なかなか見つけづらいのが遠視なのである。遠視は検査に本のようなものを使って測定する。

私の遠視(いわゆる老眼です)は小2に判明し、きっともっと前からそうだったのだとおもう。左目は乱視も入っているので、もう意外と大変だ。

新聞を読むのもしんどいし、いまは仕事中は遠視用のメガネをしないとなかなか見づらい。
そしてぎゅうぎゅうに文字をつめられた文庫が本当に苦手である。

移動時間など、外で本を読みたいことはたくさんあるのに、文庫はつらい。だからわたしは基本的にハードカバーの本しか買わない。家の本棚もハードカバーがほぼ並んでいる。それを持ち運んでいる。

この歳になって、実は遠視で〜・・というと
遠視・・? ということになることがあるので、
あ、老眼です! というと、またまた〜〜! と
ふざけてると思われることがある。いや、老いたことが原因じゃないけど、ほんとうに老眼ではあります。と毎回すこしだけ心のなかでムッとしてしまう。

わたしはいまふつうに本が読めるけれど(文庫は読まないけれど)、ディスレクシアや全盲の方、その他の理由で本が読めない方はたくさんいる。

すこしだけ、そのひとたちの気持ちもわかる気がするし、わたしはみんなが読みたい本を読みたい時に読める世界をつくりたい。できることはまだまだ少ないけれど。

ここまできれいに書いてしまった! とおもったけど、冒頭で原因不明の殴り合いをしているのできれいではないですね。 わたしの過去は極道じゃないですよ。

いいなと思ったら応援しよう!