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29歳、バリキャリを辞めた日

「本当に、これで良かったのかな」

オフィスを出て、夕暮れの街の風を頬に受けたとき、解放感と同時に、小さなため息が胸の奥で広がった。

29歳。24歳の頃に夫と結婚してから、5年が経とうとしていた。

新卒で某メーカーに入社し、7年半続けてきた海外営業の仕事を、私は今日、手放した。

時差と納期に追われ、当然のように日本時間の夜中や早朝に始まるZoom会議。出張続きのスケジュール。世界の主力産業を支える仕事に携わっていることへの誇り。

大勢の前で恥をかいた日も、思うようにいかず悔しい思いをした日も、たくさんあった。
それでも、20代の私にとっては、刺激的で充実した日々だった。

上司からは、同世代の同僚たちの誰よりも期待をかけてもらっていた。
実際、さまざまなプロジェクトにアサインされ、数々の貴重な経験をさせてもらった。
一部の社員からは、「本部長や役員のお気に入りだ」と、陰で冷笑されていることも知っていたが、そんな彼らに対しては、
「私は先へ進むから、あなたたちはずっとそこにいればいい」
と、心の中で一線を引いていた。

誰かに勝つためでも、誰かを見返すためでもない。厳しい環境に身を置いて、知識を叩き込み、新しいことに挑戦する。泥臭く努力して、自分の成長を実感する。それがただただ嬉しくて楽しかった。そして何より、私が私自身の存在価値を認めることにもつながっていた。

けれど、そんな私のもとへ、少しずつ「限界」の気配が近づいていた。
ふと部署を見渡せば、私より数年先を走る先輩女性社員は、全員が未婚・子なし。
「この場所で成長を追い求め続けるなら、家庭や子どもは諦めるしかないのかもしれない」
そんな現実が、冷たく横たわっているように見えた。

24歳で結婚した私は、最初の頃は周囲から「すぐに産休に入るんだろう」と思われていたらしい。けれど、5年が経っても私に子どもができる様子がない。
すると今度は、
「子どもはいらない派なのかな」
「病気でもあるのかな」
「かわいそうだね」
そんな言葉が、私のいないところで勝手に飛び交うようになった。

そんなある日、妊娠した後輩社員が、嬉しそうに産休の手続きをしている姿を目にした。
その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
なぜだかわからない。
ただ、とんでもない息苦しさに襲われた。
もちろん、祝福する気持ちは本物だった。
心からおめでたいことだと思ったし、無事に元気な赤ちゃんを産んでほしいと、素直に願っていた。それなのに。
同時に、これまで味わったことのない、名前のつかない感情が押し寄せてきた。
焦りとも違う。
恐怖とも違う。
妬みとも違う。
自分が一体何を感じているのかすらわからないまま、胸が詰まり、呼吸が浅くなる。
初めて覚えるその感情に戸惑いながら、私はただ立ち尽くすしかなかった。

私は幼い頃から、祖父母と過ごす時間が長かった。自分のことをあまり分かってくれない両親に対して、幼心に寂しさを抱えて生きてきた。
私には、重い病気で寝たきりの姉がいて、両親も共働きだった。父も母も、仕事と姉の看病で精一杯だったのだろう。
だからこそ、私の中にはずっと、
「もし自分に子どもができたら、絶対に近くで成長を見届けたい」
という強い思いがあった。

けれど、過密なスケジュールをこなし、夜中までPCに向かう今の働き方では、そんな未来はやって来ないのだろうな。
どこかで、薄々そう感じていた。

今の夫と出会ったのは、学生時代から付き合っていた恋人と別れた翌週に、やけくそになって友人と繰り出した街コンだった。
夫もまた、幼い頃にお姉さんを病気で亡くしており、共働きの両親のもとで、祖父母と過ごすことが多かったという。
重たい話だからと、仲の良い友達にすら隠しがちだった自分の過去。偶然出会ったその人は、驚くほど境遇が似ていた。何も言わなくても、お互いがお互いの理解者で、嘘偽りのない自分でいられる。
嬉しくかった。
「この人は運命の人だ」
そう思った。

そして私たちは、お互いに運命だと信じて、一年ほどの交際期間を経て結婚した。けれど、結婚してから時間が経つにつれて、夫も年次を重ね、私以上に多忙を極めるようになり、家に帰れば、疲労の色を滲ませていることが増えた。

少しでも夫の支えになれたら。
そう思って、出張がない日は、疲れた頭で献立を考えながら夫より一足早く帰宅した。
休む間もなく、二人分の夕食の準備と洗濯に取り掛かる。夫が帰宅してシャワーを浴びるまでに、できるだけ終わらせる。
食事を終えたら洗い物をして、自分もシャワーを浴びる。営業職は印象が大切なので、髪や肌のケアも怠らない。
リビングに戻り、ソファで寝落ちしている夫を見つけては叩き起こして、布団へ誘導する。
そこから、ようやく仕事で必要な勉強を始める。布団に入る頃には、時計が午前2時を回っていることも珍しくなかった。
午前6時に目覚ましアラームを設定して、眠りにつく。

そんな毎日を過ごしていたが、ある日、
静まり返った部屋で、ふと、冷たい感情が湧き上がった。

(……一人で暮らしていたほうが、ずっと楽だな)

一人だったら、思う存分仕事に打ち込める。
夕食も洗濯物も一人分で済む。
勉強時間も、睡眠時間も、自由時間も、もっと確保できる。

そう思ってしまった自分が、惨めで悲しかった。

運命だと信じた大切な人と暮らしているはずなのに。お互いに余裕をなくして、思いやるための体力すら残っていない。
そんな生活の、どこに「二人で生きていく意味」があるんだろう。
そう思ってしまった。

夫は、そんな私の変化をいちばん近くで見ていた。

「もう、辞めてもいいんじゃない?」

そう言ってくれていた。

「無理して続けなくていいよ」

何度も、そう言ってくれた。

本当は、私もわかっていた。
もう、このままでは続かない。
仕事を辞めれば、少なくとも今の苦しさからは逃れられる。夫との時間も、自分の身体も、もう少し大切にできるようになる。
それでも、私はなかなか辞められなかった。

7年半かけて積み上げてきたものだった。
上司から期待をかけてもらって、さまざまな仕事を任せてもらって、必死に勉強して、失敗して、悔しい思いをして、それでも少しずつできることを増やしてきた。
そのすべてを、自分から手放す。

それが怖かった。
「辞めたい」のに、「辞めたくない」。
「もう無理」と思う自分と、
「まだやれる」と思いたい自分が、ずっと心の中で引っ張り合っていた。

夫が「辞めていい」と言ってくれることは嬉しかった。でも同時に、その言葉に甘えてしまうことへの怖さもあった。

ここまで頑張ってきたのに、本当に辞めてしまっていいのか。
私は、この仕事を手放したあと、一体何者になるんだろう。
そんな迷いを抱えたまま、私はしばらく立ち止まることができなかった。

そして、追い打ちをかけるように、両親や義両親からは、孫や将来の介護への期待と、無遠慮なプレッシャーが向けられた。
「不妊治療で有名な病院を教えてもらったんだけど、行ってみない?」
そう言われたこともあった。
良かれと思って差し出される言葉なのは、わかっていた。心配してくれていることも、わかっていた。それでも、そのひとつひとつが、私の背中に重くのしかかった。

「みんな、うるさい」

耳を塞いで、目を瞑って。誰も私のことを知らない、どこか遠くの街へ逃げ出したい。
これまでの人生を必死にまっすぐ生きてきた私の中に、初めて生まれた、切実な逃避願望だった。

会社からの期待。
周囲の邪推。
身内からのプレッシャー。
ボロボロになった生活。

ノートパソコンの画面を見つめながら、ふと悟った。

(……ああ、私、そこまで背負えないな)

私には、無理だ。
今の状態で子どもを授かったとしても、毎日余裕をなくして、いつか「産まなきゃよかった」なんて後悔してしまうかもしれない。
それが、何よりも恐ろしかった。

そして同時に、そんなことを考えてしまう自分自身の心が、たまらなく嫌だった。

それは、次第に身体にも現れ始めた。

ある日突然、右顔面の痙攣が止まらなくなった。消化器系の不調で、身体が食べ物をあまり受け付けない。気づけば、半年で10キロほど体重が落ちていた。妊娠を望んでいるのに、それとはかけ離れた体型になっていく自分を見て、さらに気持ちが落ち込んだ。
憂うつな気持ちが、晴れない。
得意だったはずのことが、うまくできなくなることも増えていった。
何もしたくない。会社に行きたくない。
自分の周囲だけとんでもない重力がかかっているかのような、身体の重さを感じていた。


それでも、辞めることは怖かった。

けれど、ある日ようやく、

「もう、無理だ」

何かがプツンと切れて、退職を決意した。

夫が「辞めていい」と言ってくれていたことも、初めて素直に受け取ることができた。

退職を伝えた私に、周りのみんなは口々に、
「勿体無い」
と言った。

期待してくれていた上司に対しては、申し訳なさと罪悪感でいっぱいだったが、仕事においての自己成長を追求する走り方では、きっと他の大切な何かを犠牲にすることになる。

このままでは、大切な夫との生活も、自分の心も壊れてしまう。

だから私は、積み上げた全てを放り出して、
走るのをやめた。

あんなに執着して、
あんなに必死にしがみついていた「バリキャリ」という肩書きは、もうなくなった。

帰り道の空は、驚くほど高く、
私の両肩は拍子抜けするほど軽かった。

だけど。

家に辿り着いて、静かな部屋にぽつんと座ったとき。その軽やかさのすぐ後ろから、強烈な波が押し寄せてきた。

今まで必死に積み上げてきたものを、捨ててしまった私には、一体どんな価値があるんだろう。

あんなに欲しかった自由と引き換えに手に入れたのは、恐ろしいほどの喪失感だった。

肩書きも、期待も、
成長を実感できる場所もなくなった。

私は、ただの「何者でもない人間」になってしまったんじゃないか。

そんな恐怖に、足元がすくんだ。

私が本当に望んでいたのは、
世界を相手に自分の価値を証明し続けることでも、誰かの期待に応え続けることでもなかったはずだ。

あの日出会えた、運命だと思った夫と、
お互いに健康で、ただ幸せに暮らすこと。

いつか授かるかもしれない子どもを、
自分の近くで愛おしく育てること。

それだけだったはずなのに。

「自分の価値」が何なのか、今はまだよくわからない。手放したものの大きさに、胸がきゅっと痛む夜もあると思う。

それでも。

今夜は、疲れて帰ってくる夫のために、ゆっくり温かいご飯を作りたいと思う。

何者でもない自分を愛せるように、
もう一度、足元にある小さな幸せを、
ひとつひとつ大切に拾い集めることから始めていきたい。

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