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「倧動脈」から「静脈」ぞ。芋えない関係性を線み盎す、JR東海「conomichi」の新たな挑戊

conomichi が2026幎6月29日に掲げる新しいステヌトメントは、こんな蚀葉から始たりたす。

地域資源の再読を通しお、地域に眠る䟡倀を日本に埪環させる、Cultural Rail Lab

その土地には、ただ読たれおいない物語がある。

ゆっくりず息づいおきた日々の暮らしや文化は、透明で芋えにくくなっおいる。
倖から来た人の目には、そこに積み重なった時間が、茝いお芋える。
それが、その土地だけに宿る䟡倀だ。

conomichiは、たちを䞊曞きするような開発をしない。
地域に根を匵る「土の人」ず、倖から光を持ち蟌む「颚の人」が、
互いの県差しで同じ景色を読み盎すこずで、眠っおいた関係性が動きはじめる。

その出䌚いを起点に、地域の土壌を䞁寧に耕しおいく。
JR東海が日本の倧動脈ずしお人やモノを぀ないできたように、conomichiは文化や䟡倀を぀なぐ芋えないレヌルを敷き、日本各地をめぐる静脈を育む。

生たれた熱量は、人から人ぞ、地域から郜垂ぞ広がり、そしお再び地域ぞず戻っおくる。

人が行き亀うだけでなく、䟡倀もたた行き亀う日本ぞ。

この宣蚀には、conomichi の3幎あたりの歩みず、いく぀もの問い盎しが折り蟌たれおいたす。関係人口プラットフォヌムから共創型ロヌカルメディア、そしおCultural Rail Labぞ。今回、ビゞョンやステヌトメントの刷新を䌎走しおくれたKESIKI の九法さんを亀えお、conomichiが歩んできた道のりず、育たれおきたconomichiらしさ、これからに向けた思いを語りたした。


「発信」から「䌎走」ぞ。「぀なぐ」から「共創」ぞ。conomichi の倉遷

九法僕も今回、ステヌトメントやビゞョンの刷新に関わる䞭で、様々な倉遷があっお今のconomichiになったのだず知りたした。そもそもこの3幎間でどのような倉遷があったんですか

九法 厇雄 | TAKAO KUNORI
KESIKI Chief Narrative Officer 
䞀橋倧孊商孊郚卒業埌、通信䌚瀟を経お線集者に。「PRESIDENT」副線集長、「Forbes JAPAN」線集次長兌りェブ線集長などを務め、「30 UNDER 30 JAPAN」「SMALL GIANTS AWARD」などの数々の人気䌁画を立ち䞊げる。たた、雑誌「WORK MILL」の゚ディトリアル・ディレクタヌずしおグッドデザむン賞等を受賞。 2019幎、KESIKI蚭立。2026幎3月たで共同代衚を務める。文化ず経枈の関係性を線み盎すナラティブの探究、実践を行っおいる。

吉柀JR東海内の自䞻プロゞェクトから立ち䞊がった圓初は、「関係人口プラットフォヌム」ずいっおいたした。でも4幎ぐらい前の圓時は、䌚瀟で関係人口ずいう蚀葉を䜿う人は、ほずんど誰もいたせんでした。それが今では、圓たり前に亀わされる蚀葉になり、䌚瀟の長期ビゞョンのなかにも織り蟌たれるようになりたした。

conomichi が地域ずずもに関係人口を育み続けた数幎は、その蚀葉が瀟内にゆっくり根づいおいく時間でもあったのです。

やがお conomichi は、「共創型ロヌカルメディア」ずしお、地域づくりを地域倖にひらき、関係人口を超えた「共創人口」を育むプロゞェクトを長野県飯田垂や岐阜県䞭接川垂、滋賀県米原垂ずいった地域で共催しおいきたす。土に根差したプレむダヌの挑戊をヒアリングしながらその営みに関わる人を増やしおいくためのプログラムをデザむンしおいく。そうした掻動を続ける䞭で、自分たちの圹割が、圓初思い描いおいたものずは少しず぀ずれおきたこずに気づきはじめたす。きっかけになったのは、共創パヌトナヌに行った、conomichiに期埅するこずに぀いおのヒアリングでした。

吉柀 克哉KATSUYA YOSHIZAWA
東海旅客鉄道株匏䌚瀟 事業掚進本郚 係長conomichiプロデュヌサヌ
地域に眠る䟡倀を日本に埪環させるCultural Rail Lab「conomichiコノミチ」を、3人の有志で始めたWGから立ち䞊げ。「LOCAL RESEARCH LAB」や「里山LIFEアカデミヌ」など、环蚈30地域で地域共創プロゞェクトを展開。新芏事業創出で培った䌁画・実行力を掻かしお地域に深く䌎走し、「颚の人」ず「土の人」が共に地域づくりの担い手ずなる「共創人口」の創出に取り組む。

吉柀『地域の魅力を発信をしおほしい』っおいうよりも、『圢のないずころから䌎走しおプロゞェクトを䞀緒に䜜っおくれるずころがconomichiの良さだ』ず、䜕人もの方々が蚀っおくれお。そこで、情報を発信するメディアずいう立ち䜍眮ではconomichiのこずを蚀い衚せおいないのではないかず思うようになりたした。

求められおいたのは、きれいなストヌリヌを発信するこずではなく、ただ圢になりきっおいないストヌリヌを共に探玢するパヌトナヌだったのです。

発信する、から、䌎走する、ぞ。そしおさらに、地域ず郜垂を「぀なぐ」にずどたらず、「共創」ぞ。圹割は、珟堎に匕っ匵られるようにしお移っおいきたした。気づけば、「メディア」ずいう名前では、もう収たりきらなくなっおいたのです。だからこそ、いた自分たちが立っおいる堎所を、もう䞀床しっくりくる蚀葉にし盎す必芁がありたした。今回のステヌトメントの刷新は、いわばその「名づけ盎し」でもありたした。

「ここには䜕もない」を裏返す。再読ずいう読み盎し

九法ステヌトメントの䞭には、『ただ読たれおいない物語を読み盎す』ずいう衚珟がありたす。この『再読』ずいうアプロヌチはconomichiらしさを象城するものだず思いたすが、どういう過皋で出おきたものだったのですか

吉柀『ここには、䜕もないよ』ず、地域を蚪ねるたびに蚀われおきたした。でも、私たちがこの3幎間でいく぀もの地域に関わらせおもらう䞭で、実感したのは䜕もないのではなくお、長い時間をかけお積み重なっおきた䟡倀が、圓たり前になりすぎお、芋えにくくなっおいるだけだずいうこずでした。だからこそ、倖からの目線で光を圓おるこずで、その䟡倀を掘り起こせないかっお思っおいたんです。

䞭山そんなずき、米原のプロゞェクトに入っおもらった森䞋有さん東京倧孊生産技術研究所 特任准教授が、『再読』っおいう話をしおくれお。䜕もないのではなく、認識できおいない地域資源を、読み盎すこずで掘り起こす。その発想が、自分たちのやっおきたこずに、ぎたりず重なりたした。クラむアントや地域の人たちの話しぶりから、自分の足元にある䟡倀に、本人たちが意倖ず気づいおないんじゃないかな、っおうっすら感じおいお。だったら、䞀緒に読み盎しおみよう、っお

䞭山健人写真右

äž­å±± 健人KENTO NAKAYAMA
株匏䌚瀟ADDIX ビゞネスデザむナヌ
東倧倧孊院建築圚孊䞭から叀民家再生に携わる。JR東海入瀟埌、ホテル・䞍動産開発を進めながら、「conomichi」のリヌドずしお事業戊略を牜匕。珟圚はADDIXぞ出向し぀぀、マむプロずしお同事業に関わり、地域ならではの文化・自然資本を未来ぞ぀なぐ方策を暡玢䞭。

象城的だったのが、䌊吹山のプロゞェクトだったずいいたす。

䞭山日本癟名山にも遞ばれおる山なんですけど、出発点になったのは、『土砂灜害で登山道が登れなくなった』ずいう課題だったんです。でも再読を通しお地域に入っおいくず、たったく別の物語が立ち䞊がっおきたした。昔は䌊吹山は薬草の宝庫ずしお知られおいたり、神話の物語にもその名が出おきたり、固有の文化が息づいおいたんです。それが珟代になっお人ず山の距離が離れたこずで、その䟡倀も颚化したり、鹿の食害も増えお、土が厩れやすくなっお 

土砂灜害ずいう目にみえる課題の裏に、人ず自然の長い付き合いの歎史が埋たっおいたした。その人の䞀生を悠に超えた土地の物語に觊れ、参加者の心の䞭にも倧きな倉容があったず蚀いたす。

関根参加者の䞀人は初めお䌊吹山に蚪れたにも関わらず、終わった埌に感動しお涙されたんです。䌊吹山に登り、自然の偉倧さず、その䞭で折り合っお生きおきた人たちの物語を五感で受け取っお、その生き方や営みに心を動かされたのだず思いたす。

「䜕もない」ず蚀われおいた堎所には、初めお蚪れた人の心を揺さぶるほどの物語が眠っおいたした。そういう地域は䌊吹山に限らず、他にもきっずたくさんある。芋えなくなっおいる物語を読み盎し、掘り起こすこずこそ、conomichiのミッションなのかもしれたせん。

颚の人ず土の人、そしお「共創人口」の誕生

九法再読ずいう考え方のほかに、『颚の人ず土の人の共創』ずいう考え方も、conomichiならではのアプロヌチだず感じたした。どうしお、地域の䞭で芋えなくなっおいる䟡倀を再読するには、颚の人ず土の人、それぞれの県差しが必芁なのでしょう

吉柀よそ者だからこそ、地元の人が気づいおいない䟡倀を芋出せるずは、ずきどき蚀われるこずですが、再読を倖からやっおきた颚の人たちだけでやっおも、たぶん半分しか芋えないんですよ。

その土地に根を匵る「土の人」ず、倖から颚を運ぶ「颚の人」。この二人が䞊んで同じ景色を読み盎すず、片方からでは芋えなかったものが芋えおきたす。内ず倖、䞡方の目線で地域を芋぀め盎すからこそ、立ち䞊がっおくる地域の本圓の䟡倀があるはず。

吉柀このこずに気づいたきっかけは、KESIKIさんず共に開催した『LOCAL RESEARCH LAB 䞭接川』でした。宿堎町の䞭接川に息づく、芋過ごされおきた䟡倀を再読するフィヌルドワヌクを行うため、倖から来た颚の人ず、地元の土の人が、䞀緒になっお店を䞀軒ず぀蚪ね歩いた時、面癜いこずが起きたんです。

むンタビュヌに行ったはずなのに、メニュヌにないものがふるたわれたり、「じゃあ次はあそこに行きな」ず、そのたた次の店たで案内されたり。

「これ、いい意味でのおせっかいですね」。そう぀ぶやいたのは、颚の人でした。「ああ、蚀われおみれば、たしかに」。土の人が、すこし照れたようにうなずきたす。

宿堎町を蚪ね歩くLOCAL RESEARCH LAB 䞭接川

䜕気ないやりずりですが、このようなやり取りから、「宿堎町らしい、おせっかい」が䞭接川の䟡倀の䞀぀ずしお定矩されおいきたした。芖点を持ち蟌んだのは、倖から来た人です。けれど、その気づきに地元の人が共感した瞬間、これたで「あたりたえ」だったものが、「この土地らしさ」に倉わったのでした。

倖の人の䞻芳を、地元の人ず分かち合ううちに、䞍思議ず客芳性が垯びおくる。このプロセスこそが、共創であり、この気づきを埗た土の人、颚の人は町ぞの愛着を深め、この町の䟡倀を自分ごずずしお捉え、育むプレむダヌになっおいく。この気づきから生たれたのが、「共創人口」ずいう考え方だったのです。

東海道新幹線ずいう「倧動脈」を支えおくれた地域に寄り添う「静脈」でありたい

このように3幎を経お、conomichiらしい圹割を芋出せるようになったものの、そこに至るたでには鉄道䌚瀟ずしおのゞレンマもありたした。

吉柀『自分たちの䌚瀟は、地域があっお成り立っおるんだ』っおいうこずは、僕らはよく口にしおきたしたし、実際そう思っおいたす。でも、営利䌁業ずしおは、どうしおも収益性の高い動脈、぀たり新幹線のほうに力を割かざるを埗ない偎面があったのも事実で。地域に深く入りこむこずは、メむンの数字にはなりにくい。本業である鉄道事業は、公共的なものを扱う立堎なので、それぞれの地域ず公平に接する、っおいう暗黙の了解みたいなものもありたした。

でも、conomichiはこのゞレンマを前に立ち止たっお考えたした。その動脈には、いったい䜕が流れおいるのか。人がわざわざ新幹線に乗っお移動するのは、行き先のその土地に、䌚いたい人や、芋たい颚景や、感じ取りたい䜕かがあるからです。぀たり、各地域に魅力があるからこそ、移動ずいう需芁が生たれおいる。䌚瀟を支える倪い動脈の流れは、元をたどれば、地域ずいう芋えにくい源泉から、こんこんず湧いおきおいたす。だずすれば、綺麗事でなく䌚瀟は、本圓に地域に支えられおいる。

「JR東海が日本の倧動脈ずしお人やモノを぀ないできたように、conomichiは文化や䟡倀を぀なぐ芋えないレヌルを敷き、日本各地をめぐる静脈を育む。」

conomichi が匕き受けようずしおいるのは、その源泉のほうです。華やかで数字に乗りやすい動脈ではなく、静かに䟡倀を巡らせおいる静脈のほう。

吉柀最初、九法さんに『東海道新幹線が倧動脈なら、conomichiっお静脈を担っおいたすよね』っお蚀われお『確かにそうだ』っお思ったんですよ。自分たちにずっおは圓たり前すぎお、蚀葉にもしおなかった。でも、その蚀葉を䜿うこずで、僕らが本圓にやりたいこずも、逆にはっきり芋えおきお。地域に支えられおきたからこそ、conomichiでは地域に眠る䟡倀を共に再読しながら、静脈ずしお䟡倀を巡らせおいく。これこそ、僕たちがやっおいきたいこずなんだな、っお思えたんです。

動脈ず静脈は、䞡方がそろっお、はじめお血流が身䜓を巡りたす。立ち䞊げから幎を機に、conomichi は、静脈のような存圚になろうずいう決意衚明が、今回のステヌトメントに衚れおいたす。

鉄道ずいうむンフラ䌚瀟だからこそできる。郜垂ず地域、埪環のデザむン

conomichiらしさを探る䞭で芋えおきたのは、地域の䞭で埋もれおいる䟡倀や、鉄道ずいう動脈を支えおくれおいる地域など、conomichiは目に芋えない、数字に眮き換えづらい文化的な䟡倀を぀なごうずしおいるずいうこずでした。そしお、玡ぎ出されたconomichiの新たなワンラむナヌが「地域資源の再読を通しお、地域に眠る䟡倀を日本に埪環させる、Cultural Rail Lab」でした。

この「地域に眠る䟡倀を『日本に埪環させる』」ずいうスケヌルぞず広がったのは、九法さんが客芳的にJR東海conomichiずいう存圚を芋぀める䞭で出おきた芖点でした。

九法スタヌトアップ的な身軜な存圚が䞀぀の地域に入っおいっお文化を生み出すずいう事䟋もあるけれど、JR東海ずいう倧䌁業だからこそ、䞀぀の地域に眠る䟡倀を掘り起こすだけでなく、郜垂ず地域の双方を埪環させおそれぞれの文化を育むこずができるず思ったんです。デザむン䌚瀟でも、コンサルでもなく、人を運ぶむンフラたで持っおいるconomichiだからこそ、特定の地域を超えお、人やお金、文化が埪環する景色を䜜れるはずだず。

もちろん、ただ地域に眠る䟡倀を埪環させおいくのはこれからのチャレンゞです。これたでconomichi は、良くも悪くも、「出島組織」のように動いおきたため、新幹線や芳光、䞍動産ずいった本業のど真ん䞭ぞのむンパクトは倧きく出せおいたせん。

吉柀だからこそ、これからは自瀟のビゞネスにも還流させおいきたいし、本業ず掛け合わせるこずで、conomichiが掘り起こした地域の䟡倀を日本党囜にも埪環させおいきたい。そのためにも、瀟内の『conomichi共創人口』も増やしおいきながら、埐々に瀟内の郚眲を超えた連携も描いおいたす。conomichi のチヌムにいた人が、䞍動産開発郚門に移ったら、conomichiず共に地域の䟡倀を再読しながら、䞊曞きにならない開発ができるかもしれない。

想像は膚らみたすが、4幎目を迎えたconomichiの歩みは、ただただ道半ば。地域ず共に走りながら、倉わっおいく圹割ずビゞョン。次の幎も未知なこずばかりです。その分からなさも含めお、楜しみながら、探求を続けおいく。その姿勢だけは倉わらずにconomichiは走り続けたす。


執筆・線集北埜航倪間代衚 / conomichi線集ディレクタヌ
写真仙石健.new/ 牛䞞維人KESIKI