Essay 01 | 兵どもが夢の跡
重厚なオーク材でぬめりを感じるほどの丸みがつけられた書棚から、表紙がかたい大きな本を引きずり出す。表紙を眺めたら、タイトルを撫でてみる。高い本だから丁寧に扱わないと。背表紙の裏側でページが生み出すアーチの形はシンメトリー。こだわって選び抜かれた紙に、光が計算された鈍さではね返る。安いリップグロスのような光を伴わない紙質は、色の切り替えや空白部分とのすみわけがきっちり出来て、写真も文字も密度の高い境界線が美しく描き出す。
本をデザインするうえで繰り広げられた合戦を感じる。デザインと紙の選択は譲れないと頑張ったり、予算に妥協を強いられたりしながら得た本。
本気で戦った合戦の跡は美しい遺跡。
デジタルでは競り合いの熱を感じられないから本屋を練り歩く。奥の方へと足を運ぶと空調がきいている。ショッピングモールにあっても、街角にあっても、本屋の奥は活字と向き合う息遣いで静寂が満ちる。家で電子書籍をめくる選択肢を捨てたものが、合戦で得られたものと対峙する場、静かな熱を引き連れる。

手にするだけでテンションあがりますね
本に限らず、紙にこだわると
予算を必ず超えるのは仕事あるある
今、街に残る本屋はデジタルでの流通革命を経て、それでもなお生き残れている猛者たちだ。ネット上の大型販売プラットフォームにすりつぶされず、委託販売と配本システムの不条理を経て、流通の最適化を滑り抜けてきた。
独立系の出版社から人気漫画雑誌を出す大手まで、いろいろなところと連携してのサイン会、気難しいって聞いてた先生のトークショー、イベントの定期的な実施。そして受験生の多い地域では受験に特化した文具セクションの設置や地域の人気校の赤本の平積み、ビジネス街ではYoutuberが口角泡飛ばしながら、あらすじなのか、自分の意見なのかあいまいな紹介をしていた話題の本が店頭のポスターとポップで主張する。
普段いかない本屋にいくと、その街のことが少しわかる。過日訪問した店は、隣県の繁華街から少し離れた、ビジネス街の一角に長年暖簾を構えている本屋だった。店頭にはやはり話題のビジネス書があるが、ポスターもポップもなし。表紙に読めば得られるソリューションが全部書いてあるビジネス書よりも、『ハーバードビジネスレビュー推薦』の型押し文字がきらめく帯が、ずいぶん偉そうに前を陣取る。書棚を奥の方に向かって進むと司馬遼太郎の特集セクション。Wordのオブジェクトとテキスト打ち込みでシンプルに作られた、控えめに語り掛ける『夏休みに読みたい歴史名作選』 のポップ。
その「夏休み」、ガリガリ君と夏のドリルの合間じゃなくて、昼からビールを片手に携えて、先祖の墓参りに行くサラリーマンのものですよね。
歩みをもっと奥に進めると、文房具セクションに到着。繁華街にあふれかえるインバウンド向けの寿司をかたどった面白文具は、こちらでは小さなコーナーに箱詰め。イギリスやフランスから輸入された、台紙にもなる下紙が強いメモは大小サイズを幅広くそろえる。息子が小さく感嘆する。「うわっこんなサイズもあるんや」折り目正しいノートの棚に、紙が寄れない、折れない、下写りしないの三拍子そろった日本代表のメーカーものもそろう。かくいう私も愛用者「え、こんなデザインのもあるんや」雑誌撮影に使われる、おしゃれノートじゃなくても、十分機能で張り合える日本のノートが戦い抜く戦場。君たちには学生というでかい援軍がいるから大丈夫。
いざ参らん。本日の私の戦場へ。
『ブックカバー』セクションはその街を一番反映する。漫画や雑誌を読む層が多い地域はあまり興味がないのか、メモ・ノートの横に小さな隙間をあてがわれるだけ。繁華街に行くと突然デザインの方が突出する。わかってますよ、文具には文具の沼があって、文具としてのブックカバーも魅力的。でも、キャラクターものが多かったり、牛革だったりは「主人公不在」。
私の合戦の遺跡を包むニュアンスはそれじゃない。今日の本屋は期待できそう。本好きが理由があって退勤途中にわざわざ立ち寄る本屋。仕事の場で頭を動かして脳が持った熱を、また活字で収めたい層を長年支える暖簾が下がる店。
『Happy Birthday』の文字が切り抜かれた薄いピンク色の小さなカードが集まるセクションの棚の角を撫でながら曲がればブックカバーのセクションが広がる。目に飛び込む『新書用』。よし!新書用!サイズ別にカバーを出すなら間違いない。大きくとられたセクションをじっくり見ていく。
牛革だけでなく、羊革、豚革、合皮、そして特殊加工がされた紙、手触りに特徴のある和紙、薄いものから厚いものまで。片手に読んだ部分をひっかけて、めくっていくときに指の腹から掌まで触る質感。移動が多く、ものを突っ込みがちな私のリュックで、表紙や本を守ってくれる機能。どれも譲れないな。どの子がいいかな?

文房具セクションも本屋の立派な個性!
「見てこれ!かわいい」
ムスコが指さす先にはコーヒーと猫が刺繍された帆布のカバー。猫猫言いまくってる文豪、そしてうちのベンガルが一斉に指さしてる。みんな買えって。嘘。私も一緒に「かわいい」って声上げただけ。
ふとその横に眼を移すと、「本好きのための」の文字。商品フィルムに貼られたシールは前の製品で隠れてるから引きずりだしてみる。名作のモチーフがあしらわれたカバー、崩れかけた羅生門が刺繍されてる。その横はよく見ると星空を翔る鉄道、その上には月夜の丘で吠える虎。
商品をひっくり返すと製造会社は紙工だった。紙を包むための布製品を紙工が作る。昔は数多くつくられた紙製品が同じだけ発注されなくなってきたから様々なことにトライしないと生き残れない、そう語っていた関係先の紙屋・印刷屋のことを思い出す。紙のことがわかるから作れる布製品。
ここにも美しい合戦の跡。
