ランは最古の「ロマンス詐欺師」である
ランと聞くと、少し上品な花を思い浮かべます。
胡蝶蘭なら、お祝いの場に置かれていることも多いですし、どちらかといえば「だます」とは縁のなさそうな花です。
ところが、ランの仲間には、かなり変わった方法で受粉するものがいます。
雄の昆虫が雌を探す習性を利用し、受粉させるランです。
このやり方を調べていくと、現代のロマンス詐欺と重なる部分が見えてきます。
もちろん、植物に悪意があるわけではありません。
それでも、相手が何を求めているかを利用するという点では、ロマンス詐欺と言えるのではないでしょうか。
雄は花を見てから間違えるわけではない
性的欺瞞と呼ばれるランは、雌の昆虫に似た花を咲かせます。
花びらの一部が昆虫の胴体のような形をしていたり、表面に細かな毛が生えていたりする。種類によっては、触れたときの感触まで雌に近いとされています。
見た目だけでも十分に手が込んでいますが、遠くにいる雄を呼ぶときに重要なのは匂いです。
飛べない雌を探すツチバチの雄は、雌が出す性フェロモンをたどって飛びます。一部のランは、そのフェロモンと同じ、あるいはよく似た化学物質を放出します。
ハンマーオーキッドの一種である Drakaea glyptodon では、雌バチと花の両方から共通するピラジン類が見つかっています。
研究者が同じ物質を人工的に混ぜて野外へ置くと、雄はそこへ近づき、着地し、交尾を試みました。
雄は花の姿をじっくり観察してから、雌だと判断しているわけではありません。
遠くから匂いを感じた時点で、雌へ向かっています。
人間から見ると、昆虫に似た花の姿かたちばかりが目につきます。しかし、雄バチが雌を探す方法に合わせて考えると、最初に効いているのは匂いです。
本物より強く匂う花もある
ランは、必ずしも本物の雌をそのまま再現しているわけではありません。
Chiloglottis trapeziformis というランは、本物の雌バチより大きな雌型の部分を持ち、平均で約10倍のフェロモン様物質を出していました。
雄は、本物に最も近いものだけを選んだわけではありません。ほどよく大きく、匂いの量が多い対象にも強く反応しました。
そっくりに作るより、相手が好むところを少し強めたほうが目立つことがある。
ロマンス詐欺のプロフィールにも、似たところがあります。
容姿がよく、仕事ができ、家族思いで、こちらの話を丁寧に聞いてくれる。海外勤務の医師、軍人、経営者など、社会的な信用がありそうで、しかも簡単には会えない人物がよく登場します。
現実にいそうな普通の人物を忠実に演じているのではありません。相手が魅力を感じそうな要素が、都合よく揃っています。
人間の詐欺師は、やり取りを続けながら、相手の好みや悩みを知ることもできます。
家族の話をよくする相手には、自分も家族を大切にしていると語る。宗教を重んじる相手には、祈りや教会の話をする。寂しさを抱えている相手には、毎朝と毎晩、欠かさず連絡をする。
ランは最初から決まった匂いを出していますが、人間は会話の内容を相手に合わせられます。
ハンマーオーキッドは雄の動きまで利用する
ハンマーオーキッドの仕掛けは、雄を花へ呼んだところで終わりません。
雄が花に近づくと、雌に似た部分をつかみ、持ち上げようとします。
ところが、その部分は蝶番のように動きます。雄が力を加えると花の一部が回転し、雄の体が花の柱へ触れる。そのとき、花粉塊が体に付着します。
花の形には、雌らしく見せる以外の役割もあります。
雄がどこをつかむか。体をどちらへ向けるか。どの部分が花に触れるか。
そうした細かな動きによって、花粉がつきやすくなっています。
雄は交尾しようとしているだけです。ランの受粉を手伝っているつもりはありません。
しかし、その行動がランにとって都合よく働きます。
一度花へ来ただけでは足りない
雄の体に花粉がついても、それだけでは受粉は終わりません。
その雄が別の花へ飛び、再び雌だと思って接触する必要があります。そこで初めて、受粉が行われます。
とはいえ、雄も何度でも同じように近づくわけではありません。
実験では、雄がランの咲いている場所をしばらく避ける様子が確認されています。合成したフェロモンへの訪問も、最初の一分を過ぎると急に減りました。
ただし、その回避が長く続くとは限りません。
時間がたったり、場所が変わったりすると、また反応することがあります。
ランに必要なのは、すべての雄が毎回近づいてくることではありません。
何匹かが花粉をつけ、別の花まで運んでくれれば、次の世代を残せます。
だまされた雄だけの問題ではない
性的欺瞞によって雄が受ける影響は、ランの種類によって違います。
短い接触で終わるなら、雄が失うのは時間や体力だけかもしれません。一部では花の上で射精する例もありますが、性的欺瞞ランすべてに当てはまるわけではありません。
ただ、影響を受けるのは雄だけではありません。
ランが多く咲く場所では、雄がその一帯を避けるようになり、本物の雌にも近づかなくなったという実験があります。
花に何度か惑わされた雄は、その近くにいる雌まで避けるようになります。
偽物が増えると、本物まで疑われる。
これは人間の世界でも起きています。
知らない相手から丁寧な連絡が来ても、まず詐欺を疑う。親切な言葉をかけられても、何か目的があるのではないかと考える。
ロマンス詐欺の被害は、金を奪われた人だけに残るものではありません。見知らぬ人を信用しにくくなり、普通の出会いまで警戒されるようになります。
ロマンス詐欺は、いきなり金を要求しない
ロマンス詐欺というと、会ったこともない相手から突然お金を求められる場面を想像しがちです。
実際には、その前に長いやり取りがあります。
魅力的なプロフィールで接触し、毎日の出来事を話し、家族や仕事の悩みを共有し、将来について語る。SNSやマッチングアプリから、別のアプリへ移るよう勧められることもあります。
その後で、投資、旅費、治療費、仕事上の資金、出金手数料などの話が出てきます。
恋愛関係を築くこと自体が目的ではありません。
相手が断りにくくなるまで親しくなってから、お金の話を持ち出します。
日本では、Instagramで知り合った男性から毎日のように気遣う言葉をかけられ、家庭を築く約束までされた62歳の女性が、約2週間後に投資を勧められました。
女性は、退職金、自分と母親の貯金、さらに借入まで合わせ、約4200万円を送っています。
米国では、相手とメールや写真だけでなく、歌や祈り、教会についても語り合い、約2年半、一度も会わないまま200万ドルを失った女性がいます。
200万ドルは、1ドル150円で計算すると約3億円です。
一枚の写真を見ただけで、これほどの金額を渡したわけではありません。
日々の連絡があり、仕事の話があり、家族の話があり、将来の約束があった。相手を疑うよりも、困っているなら助けたいと思うようになっていたのです。
ロマンス詐欺では、写真、職業、家族、宗教、趣味、将来の話が何度も出てきます。
長いやり取りのなかで大きな矛盾が見つからなければ、相手が実在するように感じられます。
そのため、プロフィール写真だけを調べても防げない場合があります。
なぜ会ったことのない相手を信じるのか
ロマンス詐欺の被害者に対して、「なぜ会ったこともない人を信じたのか」と言う人がいます。
しかし、人は誰も信じずに暮らすことはできません。
相手の言葉を受け入れること。好意に応えること。困っている人を助けること。
どれも、人間関係には必要です。
詐欺師は、特別に愚かな人を探しているわけではありません。人を信じる、助ける、好意を返すという、ごく普通の反応を利用します。
ハチが雌の匂いに近づくのも、判断力が足りないからではありません。その匂いを追わなければ、本物の雌にも出会えないからです。
大切なのは、人を信じないことではありません。
好意を持っている相手からお金の話が出たときに、二人だけで決めないことです。
投資、旅費、保証金、手数料などを求められたら、家族や友人にやり取りを見せる。勤務先や身元は、相手から教えられた連絡先とは別の方法で確かめる。急いでいると言われても、その場で送らない。
一度お金を送ったあとも、「ここまで払ったのだから取り戻したい」と考えて追加送金を続けてしまうことがあります。
恥ずかしさから誰にも相談できず、被害が大きくなる場合もあります。
少しでもおかしいと思ったら、一人で相手を問い詰めるより、金融機関や警察、消費生活センターへ相談したほうがいい。
詐欺だと気づくのが遅かったとしても、それは相談を諦める理由にはなりません。
ランは詐欺師ではない
「ランは最古のロマンス詐欺師である」
もちろん、科学的にそのまま正しいわけではありません。
ランは詐欺師ではない。地球上で最初に性的欺瞞を行った生物だと証明することもできません。
植物には、人間のような企みはありません。
雄を引き寄せやすい匂いを持った花。雄がつかみやすい形を持った花。花粉を雄の体につけやすかった花。
そうした特徴を持つものが、より多く次の世代を残してきた結果です。
ただ、ランとロマンス詐欺には共通する部分があります。
相手が恋愛相手を探すときに頼っているものをまねる。相手のほうから近づいてくるように仕向ける。近づいたあとで、自分に都合のよい行動を取らせる。
ランは、悪意なくそれを行っています。
人間のロマンス詐欺には、明確な意図があります。長く会話を続け、相手が大切にしているものを知り、そこへ合わせて話を作っていく。
だからこそ、被害を「相手を見る目がなかった」で片づけるべきではありません。
誰かを好きになることと、その人へお金を渡すこと。
この二つは、分けて考えたほうがよさそうです。
参考資料・書籍・サイト
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Coleman, E.(1928)“Pollination of the Orchid Cryptostylis leptochila.” The Victorian Naturalist
Whitty, M. T.(2015)“Anatomy of the online dating romance scam.” Security Journal
警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について」
国民生活センター 越境消費者センター「ロマンス投資詐欺に関する相談」
FBI Internet Crime Complaint Center “2025 IC3 Annual Report”
