「自殺の練習」をさせられ、学校は「遊びだった」と言った
2011年10月。滋賀県大津市。
中学2年の男子生徒が、自宅マンションから飛び降りた。
常軌を逸した暴力
同級生3人からのいじめは、ただの「いじり」や「からかい」の範疇をとうに超えていた。
蜂の死骸を口に入れられた。手足を粘着テープで縛られた。階段から落とされた。金を脅し取られた。顔に落書きをされた。
そして、究極の暴力があった。
「自殺の練習」だ。
加害者たちは少年に「どうやって死ぬの?」「今すぐ飛び降りろ」と迫り、自殺の練習を強要した。
逃げ場のない密室の暴力の中で、少年は10月11日、本当に飛び降りた。
「死んでくれて嬉しい」
少年が死んだ後。自殺の事実を知った加害者たちは、笑っていた。
「死んでくれて嬉しい」
「俺らのせいやんな」
人が一人、自分たちの言葉で死んだ。その事実を前にして、加害者たちは笑っていたのだ。
これが、同じ教室にいた人間の言葉だ。
大人の隠蔽
だが、この事件でさらに恐ろしいのは、大人の対応だった。
少年の死後、学校は全校生徒にアンケートを実施した。
そこには、16人もの生徒が「いじめを見た」と証言していた。
さらに、「自殺の練習をさせられていた」という明確な記述もあった。 生徒たちは、真実を書いていたのだ。
にもかかわらず、学校と大津市教育委員会はどうしたか。
調査を即座に打ち切った。
アンケートにこれほどの事実が書かれていながら、「いじめと自殺の因果関係は不明」「ただの遊びだった」「いじめとは断定できない」と結論づけ、蓋をした。
生徒たちが勇気を出して書いたSOSを、大人が握り潰したのだ。
隠蔽はなぜ崩れたか
隠蔽された事実は、遺族の必死の抗議と、マスメディアの報道によってようやく明るみに出た。
遺族が警察に被害届を出そうとしても、警察は当初、三度も受理を拒否した。「犯罪事実の特定が困難」という理由で。
学校が隠し、教育委員会が隠し、警察も動かない。
この異常な状況を変えたのは、「おかしい」と声を上げ続けた大人たちの力だった。
この事件がきっかけとなり、「いじめ防止対策推進法」という法律がつくられた。だが、法律ができたところで、失われた14歳の命は戻ってこない。
余が言いたいこと
子供の悪意は、時に大人が想像する遥か斜め上をいく。
「自殺の練習」をさせる。蜂の死骸を口に入れる。人が死んで笑う。そこにはストッパーがない。
だが、その悪意を野放しにし、増長させたのは誰か。
いじめを見て見ぬふりをした教師。アンケートを握り潰した教育委員会。被害届を受理しなかった警察。
子供の悪意と、大人の隠蔽。
この二つが重なった時、逃げ場は完全に無くなる。
あのマンションから飛び降りた彼を殺したのは、いじめた同級生だけではない。事実を「遊び」と言い換えて隠蔽しようとした大人たち全員だ。
そなたの周りに、もし事実を「遊び」と言い換える大人がいるなら、逃げろ。そいつはそなたを守らない。
そなたの周りの大人が動かないなら、ここに書け。
