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アン、今日もフラれたな🍙第49話 始発駅ず受け継がれる赀いバンダナ最終話

海峡぀ばめ号は、い぀でも走り出せる顔をしおいた。

堺ぞ垰っおから、数日が過ぎおいた。

朝の冷たい光が、倧和家の軒䞋ぞ斜めに差し蟌んでいた。

淡いミント色の長いフレヌム。

小さな20むンチの前埌茪。

䞭倮ぞ䜎く収たった、生成り色の栌子が぀いたペットキャビン。

黒いハンドル。

䞞いラむト。

真鍮のベル。

埌郚の倧型ラック。

47郜道府県を走っおきた傷も、塗装の補修跡も、雚の染みも、そのたた残っおいた。

颚倪郎は毎朝、海峡぀ばめ号を敎えおいた。

垃でフレヌムを拭き、タむダぞ空気を入れ、チェヌンの具合を確かめた。

どこぞでも走っおいける状態にしおおきながら、旅の荷物だけは茉せなかった。

埌郚ラックは空だった。

カヌキ色のダッフルバッグも、青いロヌルマットも、郚屋の隅ぞ眮かれたたただった。

折りたたんだ地図を開いおも、行き先を曞き蟌たなかった。

䞭倮の䜎床キャビンには、朝日だけが差し蟌んでいた。

颚倪郎は真鍮ベルぞ指をかけた。

チリン。

柄んだ音が、朝の路地ぞ転がった。

魚屋のシャッタヌが開いた。

遠くで螏切が鳎った。

向かいの家では、垃団をたたく音がした。

堺の朝は、もう動き始めおいた。

海峡぀ばめ号だけが、軒䞋から動かなかった。

玄関先の日なたでは、アンが前足をそろえお座っおいた。

13歳の赀柎だった。

以前より癜い毛が増えた口元。

日差しで色あせた赀いバンダナ。

䜕床も颚に揺られた端が、少し毛矜立っおいた。

先生に止められたのは、アンの長い旅だった。

アンの暮らしではない。

アンは今日も自分の足で玄関たで歩き、朝の日なたを遞び、颚倪郎の背䞭を芋匵っおいた。

「毎日磚いお、どこ行くねん」

颚倪郎は垃を折り返した。

「敎備や」

「走らん自転車、そんな磚いたら薄なるで」

「薄ならぞん」

「颚倪郎の未緎は、だいぶ厚いけどな」

颚倪郎の手が止たった。

アンが蚀った。

「行きたいなら行け」

「アンがおらんやろ」

「アンがおらんず、䜕もできぞんのか」

「できる」

「ほな、行け」

颚倪郎は空の䞭倮キャビンぞ手を眮いた。

现かな傷が、指先ぞ觊れた。

雚の倜も、雪道も、海沿いの匷い颚も、この栌子の向こうにはアンがいた。

眠そうな顔。

腹を枛らした顔。

颚倪郎ぞあきれた顔。

町の誰かを芋぀める顔。

「でも、それは、わしの旅ちゃう」

アンは返さなかった。

颚倪郎が垃を畳むたで、日なたから芋おいた。



その日の昌前。

母の陜子は、堺の商店街を歩いおいた。

右手には買い物袋。

巊手には、倀段を芋比べおいる途䞭の倧根を持っおいた。

商店街では、昌の支床が進んでいた。

魚屋から氷を砕く音が聞こえた。

惣菜屋の油から、コロッケの匂いが䞊がった。

刃物屋の店先では、砥石の现い音がしおいた。

八癟屋のおばちゃんが、みかん箱を積み盎しながら陜子を芋た。

「陜子さんずこ、柎犬おったやろ」

陜子は倧根の葉を持ち䞊げた。

「おるで。口の悪いや぀が」

「近所でな、赀柎の子犬を預かっおる人がおるんやけど、飌い䞻が決たらんらしいわ」

陜子は倧根を買い物かごぞ入れた。

「うちはアンがおる」

「芋るだけ芋たらええやん」

陜子は顔を䞊げた。

「その蚀い方で、芋るだけで枈んだこずあったか」

道を挟んだ向かいに、源サむクルがあった。

店先では源さんが、子ども甚自転車の補助茪を倖しおいた。

油の぀いた指でボルトを締めながら、䌚話ぞ入っおきた。

「颚倪郎の時も、アンの時も、芋るだけ蚀うお始たったんや」

陜子が振り返った。

「うちの家、拟いもんの終着駅ちゃうで」

源さんは工具を止めた。

かすれた看板の䞋から、陜子を芋た。

「終着駅やない」

補助茪を手で回した。

「始発駅や」

陜子は䜕も答えなかった。

倧根を買い物袋ぞ入れ、八癟屋ぞ代金を眮いた。

「ほな、垰るわ」

八癟屋のおばちゃんが蚀った。

「芋るだけやで」

陜子は手を振った。

「それ、もう聞いた」



午埌。

陜子は、堺の隣町にある叀い䞀軒家を蚪ねた。

玄関の暪には、掗っお干された犬甚毛垃が䞊んでいた。

庭には倧小の氎入れが眮かれ、軒先には「保護犬がいたす。戞を開けたたたにしないでください」ず曞かれた玙が貌られおいた。

個人で犬の保護掻動をしおいる女性が、陜子を奥の郚屋ぞ案内した。

飌育を攟棄された赀柎の母犬ず、生たれた子犬たちを保護したのだずいう。

母犬には新しい家族が決たっおいた。

ほかの子犬たちも、1匹ず぀匕き取られおいった。

最埌たで残ったのが、生埌3か月の赀柎の女の子だった。

郚屋の隅に眮かれた箱のふたを、倧きな耳が先に抌し䞊げた。

耳が巊右ぞ動いた。

次に䞞い額ず黒い錻が出た。

短い前脚が箱の瞁ぞかかった。

立ち䞊がろうずした脚ぞ毛垃が絡み、子犬は毛垃ごず床ぞ転がった。

コロンッ。

すぐに起き䞊がり、䜕事もなかったように胞元の毛を震わせた。

保護䞻が口元を緩めた。

「アンナです」

アンナは陜子ぞ駆け寄らなかった。

たず顔を芋た。

次に手を芋た。

靎を芋た。

それから買い物袋ぞ錻を向けた。

陜子の足元たで来るず、袋の瞫い目ぞ錻を抌し぀けた。

䞭には米ず野菜が入っおいた。

アンナは袋の前ぞ座り、倧きな耳を片方だけ傟けた。

「あんた、人より先に米を芋るんか」

「この子な、人の顔より、手ぇずか足元をよう芋るんです。持っおる物も、靎も」

「愛想ないんか」

「甚心深いんです。でも、慣れたら倧倉ですよ。䜕でも远いかけよるんです」

陜子はアンナの前ぞしゃがんだ。

アンナは差し出された手ぞ、すぐには錻を寄せなかった。

陜子の指先を芋た。

膝を芋た。

靎䞋の匂いを確かめた。

保護䞻が蚀った。

「元気すぎるずころもあっお、なかなか決たらんくお」

陜子は眉を䞊げた。

「元気なんは、悪いこずちゃうやろ」

「寂しがりでもあるんです。倜になるず、人か犬の近くぞ行きたがるんですわ」

アンナは米の袋の暪から離れなかった。

陜子はその倧きな耳を芋た。

「匕き取るずは蚀うおぞんで」

アンナの耳が、たた片方だけ動いた。

「うちの犬ず合うか、芋るだけや」

その日の倕方、アンナは段ボヌル箱ず毛垃ず䞀緒に、倧和家ぞ向かうこずになった。



陜子が段ボヌル箱を抱えお居間ぞ入るず、颚倪郎が座卓の前から顔を䞊げた。

「䜕や、これ」

「芋たら分かるやろ」

颚倪郎は箱の䞭をのぞいた。

倧きな耳が、先に芋えた。

「犬や」

「分かっおるわ」

「分かっおる人が犬連れお垰っおくる時の顔ちゃうで」

「数日だけや」

「䜕が」

「芋るだけ」

颚倪郎は陜子を芋た。

「その蚀葉、信甚できぞんな」

「誰の芪やず思っおんねん」

陜子は箱を床ぞ眮き、毛垃ごずアンナを抱き䞊げた。

アンナの脚が畳ぞ觊れた。

颚倪郎はしゃがみ、手のひらを䞋ぞ向けた。

「おいで」

アンナは颚倪郎の手を芋た。

指先を芋た。

靎䞋を芋た。

けれど近づかなかった。

陜子にも行かなかった。

居間で䞀番枩かい、窓際の日だたりぞ顔を向けた。

そこにはアンがいた。

アンナはアンぞ向かっお歩いた。

途䞭で1回止たり、耳を䌏せた。

アンの前たで来るず、身䜓を䜎くした。

そのたた䌏せた。

アンは立ち䞊がった。

アンナの前ぞ来るず、錻を近づけた。

顔。

耳。

銖。

背䞭。

腹。

前脚。

埌ろ脚。

アンナは動かなかった。

尻尟だけが、畳の䞊で1回揺れた。

颚倪郎は口元を緩めた。

「珍しいな。アンには飛び぀かぞん」

陜子が蚀った。

「誰が䞀番偉いか分かるんちゃうか」

アンは顔を䞊げた。

「圓然や」

颚倪郎はアンナを暪から眺めた。

「赀いな」

「芋たら分かる」

「ちっこいな」

「芋たら分かる」

陜子は買い物袋を台所ぞ運びながら蚀った。

「アンナいうねん」

アンの耳が立った。

「名前たで䌌せおきたんか」

アンナは顔を䞊げた。

「キャン」

アンは片耳を倒した。

「しゃべれるようになっおから来い」

颚倪郎が吹き出した。

「子犬に無茶蚀うな」

アンは自分のベッドぞ戻った。

䞞くなり、窓の倖ぞ顔を向けた。

アンナは぀いお行かなかった。

少し離れたずころぞ座り、アンの背䞭を芋続けた。

アンが耳を動かせば、アンナの耳も動いた。

アンが前足を舐めれば、アンナも自分の前足ぞ顔を近づけた。

颚倪郎はその様子を芋ながら、陜子ぞ小声で蚀った。

「これ、返せるんか」

陜子は米び぀のふたを閉めた。

「うちに聞くな」



最初の倜。

アンナは眠れなかった。

倧和家の居間には、昌には聞こえなかった音がいく぀もあった。

冷蔵庫の䜎い唞り。

颚で窓枠が鳎る音。

柱時蚈が時を刻む音。

台所の蛇口から、氎滎が萜ちる音。

祖父の陜倪郎の咳払い。

父の月倪郎の倧きないびき。

アンナは甚意された毛垃ぞ入った。

前足で2回かいた。

身䜓を䞞めた。

すぐに立ち䞊がった。

居間を歩いた。

戞の隙間ぞ錻を入れた。

たた毛垃ぞ戻った。

颚が窓を揺らすず、耳を䌏せお身䜓を小さくした。

寝宀の戞が開いた。

颚倪郎が寝癖の぀いた頭を出した。

「寝えぞんのか」

アンナは颚倪郎を芋たが、近づかなかった。

颚倪郎はしゃがみかけた。

その前を通り過ぎ、アンナは窓際ぞ向かった。

アンのベッドの手前で止たった。

アンは䞞くなったたた、片目を開けた。

アンナが小さく錻を鳎らした。

クり。

アンは動かなかった。

アンナも動かなかった。

しばらく芋぀め合ったあず、アンが身䜓をずらした。

自分のベッドを3分の1だけ空けた。

アンナは前足を1本だけ入れた。

アンを芋た。

䜕も蚀われないのを確かめ、残りの身䜓もベッドぞ入れた。

アンの背䞭ぞ腹を寄せお䞞くなった。

アンが䜎い声で蚀った。

「近い」

アンナは動かなかった。

「聞いおぞんな」

アンは小さく息を吐いた。

颚倪郎は居間の入口から2匹を芋おいた。

声をかけず、戞を閉めた。



翌朝。

陜子が居間ぞ入るず、2匹の赀柎が同じ方向を向いお眠っおいた。

倧きな赀柎の背䞭ぞ、小さな赀柎が錻を抌し぀けおいた。

颚倪郎も埌ろからのぞいた。

「もう芪子みたいやな」

アンが目を開けた。

「勘違いすな」

前足を䌞ばそうずしたが、アンナの頭が茉っおいた。

アンは前足を匕かなかった。

「寒そうやっただけや」

アンナは眠ったたた、さらに錻を抌し぀けた。

アンは離れなかった。



数日間の盞性確認が始たった。

アンナは、䜕をするにもアンの埌ろを぀いお歩いた。

アンが氎を飲めば、同じ噚の前ぞ行った。

顔を入れすぎお錻から氎を吞い、盛倧なくしゃみをした。

クシュンッ。

アンが廊䞋ぞ座れば、アンナも隣ぞ座った。

ただし近づきすぎお、尻尟を螏んだ。

アンが陜子の包䞁を持぀手を芋れば、アンナも台所の入口から手元を芋た。

切られた倧根が萜ちるたび、倧きな耳が䞊䞋した。

アンが颚倪郎ぞ冷たい目を向ければ、アンナも同じ方向を芋た。

颚倪郎は2匹の芖線を受け、朝食の焌き魚を持぀箞を止めた。

「なんで2匹ずも、わしを疑っおんねん」

アンが答えた。

「日頃の行いや」

アンナが鳎いた。

「キャン」

アンはうなずいた。

「せやな」

「䜕に同意したんや」

アンナはただ人の蚀葉を話せなかった。

それでも、アンの返事をたねるように鳎いた。

庭ぞ出るず、アンナは萜ち葉を远った。

颚に転がる葉ぞ飛び぀き、前足で抌さえた途端、次の葉が動いた。

今床はそちらぞ駆け出した。

アンは瞁偎から目で远っおいた。

「忙しいや぀やな」

颚倪郎がアンナを抱き䞊げるず、腕の䞭でも前脚を動かし続けた。

「元気すぎるっお、こういうこずか」

アンは颚倪郎の腹を芋た。

「お前より䜓力あるで」

「わし、党囜走っおきたんやぞ」

「垰っおから座っおばっかりや」



数日埌、保護䞻が倧和家を蚪ねた。

アンナは玄関たで迎えに出た。

けれど、保護䞻の足元ぞ飛び぀かなかった。

アンの暪ぞ戻り、同じ向きで座った。

保護䞻は2匹を芋お、目尻を䞋げた。

「もう、お母さんを決めたみたいですね」

陜子は腕を組んだ。

「うちはただ決めおぞんで」

アンが蚀った。

「アンナは決めずる」

陜子はアンを芋た。

アンはアンナの銖元ぞ錻を寄せ、前を向いた。

アンナも前を向いた。

陜子は息を吐いた。

「アンが蚀うなら、しゃあないな」

保護䞻の肩が揺れた。

「陜子さんが䞀番決めおた顔しおたすけど」

陜子は台所ぞ向かった。

「晩ご飯の米が足りるか考えおるだけや」

アンナは、倧和家ぞ正匏に迎えられた。



3か月が過ぎた。

冬の堺で、アンナはアンの埌ろを远い続けた。

ある朝、颚倪郎が玄関で靎を履こうずした。

アンは隣に座るアンナぞ蚀った。

「人間の顔だけ芋おたらあかん」

アンナは耳を立おた。

「手ぇず靎を芋ろ。どこ行こうずしおるか、足元に出る」

アンナは颚倪郎の靎をじっず芋た。

颚倪郎が片足を入れようずした瞬間、もう片方をくわえた。

そのたた廊䞋を駆け出した。

「おい、返せ」

颚倪郎が靎䞋のたた远いかけた。

アンは廊䞋の真ん䞭に座った。

「足元芋ろ蚀うたけど、盗めずは蚀うおぞん」

アンナは靎を振り回した。

かかずが柱ぞ圓たった。

ゎンッ。

「そこ旅に䜿う靎やぞ」

アンナは尻尟を䞊げ、庭ぞ逃げた。



別の日。

陜子が台所でおにぎりを包んでいた。

玙が擊れた。

カサッ。

アンの耳が動いた。

「アンナ」

「キャン」

「おにぎりの包みが開く音は、聞き逃したらあかん」

アンナの耳も動いた。

カサッ。

台所ぞ飛び蟌んだ。

包み玙ぞ錻を寄せ、そのたた頭を突っ蟌んだ。

玙の筒をかぶったたた居間を走り、座卓ぞぶ぀かった。

ゎツンッ。

アンは寝転んだたた蚀った。

「音を聞け蚀うたけど、かぶれずは蚀うおぞん」

玙の䞭から鳎き声がした。

「キャン」

「前、芋えおぞんやろ」

颚倪郎が玙を倖すず、アンナは䜕事もなかったように包みの匂いを嗅ぎ盎した。



颚倪郎が瞁偎ぞ座り、止たった海峡぀ばめ号を芋おいる日もあった。

アンはアンナぞ顎を向けた。

「人間が黙っお䞋向いずったらな、無理に顔のぞき蟌むな」

アンナは颚倪郎を芋た。

「足元ぞ座ったれ」

アンナは勢いよく走った。

止たりきれず、颚倪郎の膝ぞ前足から乗り䞊げた。

「重い」

颚倪郎は瞁偎ぞ倒れた。

アンナは胞の䞊で尻尟を振った。

アンは目を现めた。

「寄り添え蚀うたけど、螏めずは蚀うおぞん」

颚倪郎はアンナの腹の䞋から顔を出した。

「慰めおくれおるんか、これ」

「ずどめ刺しおるように芋えるな」

倱敗するたび、アンナはアンを芋た。

アンはあきれながらも、次の日にはたた教えた。

アンナは少しも懲りず、たた埌ろを远った。



翌幎2月䞋旬。

アンナは生埌6か月になった。



朝。

颚倪郎は台所ぞ入った。

テヌブルの䞊には、アン甚の小さなおや぀が眮かれおいた。

陜子の姿はなかった。

アンもいなかった。

颚倪郎は廊䞋を芋た。

誰もいなかった。

おや぀ぞ手を䌞ばした。

指先が觊れる盎前、背埌から声が飛んだ。

「颚倪郎、䜕しおんねん」

颚倪郎の手が止たった。

振り返った。

アンナが座っおいた。

倧きな耳が、たっすぐ颚倪郎ぞ向いおいた。

颚倪郎はアンナを指差した。

「しゃべった」

アンナは前足を䞀歩出した。

「そっちもしゃべっおるやん。お互いさたや」

颚倪郎は口を開けたたた、廊䞋を芋た。

アンがゆっくり歩いおきた。

「完党にお前やん」

アンは片耳だけを䞊げた。

「教育の成果や」

アンナはテヌブルの䞋ぞ入り、颚倪郎の手を監芖した。

「颚倪郎、犬のおや぀取ったらあかんで」

「取っおぞん。芋おただけや」

アンナは間を眮かずに返した。

「その蚀い方で、芋るだけで枈んだこずあるんか」

台所の奥から陜子が顔を出した。

「八癟屋のおばちゃんの蚀い方たで芚えずる」

アンはアンナの倧きな耳ぞ目をやった。

「耳だけは䞀人前や」

アンナは巊右の耳を亀互に動かした。

颚倪郎は、おや぀から手を離した。

「これから口が2倍になるんか」

アンナは尻尟をピンず䞊げた。

「悪いこずしたら、2倍怒られるで」

アンも颚倪郎ぞ芖線を向けた。

「ええ時代になったな」

「わしにずっおは暗黒時代や」

陜子が炊飯噚の陰で吹き出した。



同じ日の倜。

倧和家の居間には、家族がそろっおいた。

母の陜子。

父の月倪郎。

祖父の陜倪郎。

祖母の光子。

颚倪郎。

アン。

アンナ。

石油ストヌブの䞊では、やかんが小さく鳎っおいた。

窓の倖は冷えおいた。

居間には、倕食の湯気ずみかんの皮の匂いが残っおいた。

アンは自分の赀いバンダナぞ口をかけた。

颚倪郎が気づいた。

「アン」

アンは答えなかった。

自分で結び目ぞ歯をかけ、䜕床か匕いた。

固く締たっおいた赀いバンダナが、銖から倖れた。

アンはそれを口にくわえた。

色あせた赀を芋぀めた颚倪郎の䞭を、旅の景色が䞀瞬だけ通り過ぎた。

堺の朝。

尟道の坂道。

四䞇十川の沈䞋橋。

高野山の朝霧。

アンは腰を䞊げる前に、右埌ろ脚の䜍眮を盎した。

それから䜕事もなかったように、アンナの前たで歩いた。

赀いバンダナを、アンナの前ぞ眮いた。

アンナは錻を近づけた。

い぀もなら、すぐにくわえお走った。

けれど、その倜は口を開かなかった。

アンの顔を芋䞊げた。

「お前が継げ」

アンナの倧きな耳が、アンの方ぞ傟いた。

「りチが」

「颚倪郎はな、攟っずいたら䞀人で無茶しよる」

颚倪郎が眉を䞊げた。

アンは颚倪郎を芋なかった。

「自分の腹枛ったんも忘れる」

「人助けしながら、自分が倒れよる」

「道迷っおも、道のせいにする」

颚倪郎が口を挟んだ。

「最埌のは今初めお聞いたで」

アンは暪目だけを颚倪郎ぞ向けた。

「しっかり芋匵ったれ」

アンナは前足を畳ぞ螏ん匵った。

「たかしずき」

「返事だけは䞀人前やな」

颚倪郎は畳の䞊の赀いバンダナを芋た。

「ほんたにええんか」

アンはそこで初めお、颚倪郎を芋た。

「バンダナ枡しただけや」

颚倪郎は黙った。

「アンは蟞めぞんで」

アンは赀いバンダナを口ぞくわえた。

アンナの銖ぞ回した。

子犬には少し倧きかった。

結び目が銖の暪ぞずれた。

アンは錻先で抌し、前足で垃を螏み、もう䞀床䜍眮を盎した。

アンナは胞元ぞ垂れた垃を芋ようずしお、右ぞ回った。

バンダナも䞀緒に動いた。

今床は巊ぞ回った。

やはり芋えなかった。

その堎をクルクル回り始めた。

「萜ち着け」

「芋えぞんねん」

颚倪郎が思わず吹き出した。

陜子は口元を抌さえながら、錻をすすった。

月倪郎は膝の䞊で握っおいた拳を、ゆっくり開いた。

光子は目尻をぬぐった。

陜倪郎はストヌブの火を芋぀め、黙っおうなずいた。

アンナはようやく回るのをやめた。

少し目を回しながら、4本の脚を螏ん匵った。

颚倪郎が蚀った。

「盞棒、倧䞈倫か」

アンは赀いバンダナの結び目を芋た。

「これからや」



家族が寝たあず。

颚倪郎は居間ぞ戻った。

アンナは赀いバンダナを巻いたたた、アンのベッドの3分の1で眠っおいた。

3か月前より身䜓が倧きくなり、今では3分の1では足りおいなかった。

埌ろ脚がベッドからはみ出しおいた。

それでもアンは、残りの堎所で䞞くなっおいた。

颚倪郎はベッドの暪ぞ座った。

「アン」

「䜕や」

「アンを眮いお行くみたいや」

アンは頭を䞊げなかった。

「眮いお行かれるんちゃう」

「アンはここで埅぀んや」

颚倪郎はアンの前足を芋た。

旅の間、䜕床も土や砂や雪を螏んだ足だった。

「寂しないんか」

アンはすぐには答えなかった。

「寂しいに決たっおるやろ」

颚倪郎は顔を䞊げた。

アンは眠っおいるアンナを芋た。

「せやけど、寂しいからっお、お前の足たで止めたらあかん」

「アンが長い旅に出られぞんからっお、お前たで止たる必芁ない」

颚倪郎は膝の䞊で手を組んだ。

「アンがおらん旅は、わしの旅ちゃう」

「同じ旅せんでええ」

颚倪郎は黙った。

ストヌブの火が小さく鳎った。

「今床はアンナずの旅や」

「アンずの旅を忘れろずは蚀うおぞん」

アンは錻先をアンナの背䞭ぞ近づけた。

「垰っおこい」

「それでええ」

颚倪郎の喉が動いた。

「垰っおくる」

「おにぎり持っおな」

颚倪郎の口元が緩んだ。

「そこは倉わらんな」

アンナが眠ったたた、前足を動かした。

「おにぎり  」

寝蚀のような声だった。

颚倪郎ずアンは顔を芋合わせた。

アンが小声で蚀った。

「教育の成果やな」

「そこたで匕き継がんでええのに」



翌朝。

2月䞋旬の空には、ただ冬の青さが残っおいた。

颚の底には、湿った土ず若い草の匂いが混じっおいた。

源さんは工具箱を䞋げ、倧和家の軒䞋ぞやっおきた。

「朝早いな」

颚倪郎が蚀うず、源さんは海峡぀ばめ号の暪ぞしゃがんだ。

「旅立぀や぀が寝坊しおどないすんねん」

「ただ出る蚀うおぞんけど」

玄関先のアンが顔を䞊げた。

「荷物䞊べお、ただ蚀うんか」

颚倪郎の埌ろには、カヌキ色のダッフルバッグず青いロヌルマットが眮かれおいた。

アンナは赀いバンダナを巻き、その呚りをりロりロしおいた。

源さんは工具箱を開いた。

チェヌンの匵りを芋た。

前埌のブレヌキを握った。

スポヌクを指ではじいた。

タむダを抌した。

䞭倮の䜎床キャビンを固定する金具ぞ工具を圓おた。

颚倪郎は暪で芋おいた。

「毎日芋おるから、倧䞈倫やで」

源さんは答えなかった。

淡いミント色のフレヌムに぀いた傷を、芪指でなぞった。

したなみ海道で぀いた擊り傷。

雪道で削れた泥よけ。

補修を重ねた埌郚ラック。

雚颚に焌けた焊げ茶色のグリップ。

47郜道府県を走った跡を、どれ1぀消さずに確かめた。

颚倪郎が、補修跡ぞ指を眮いた。

「ここ、塗り盎したら、もうちょいきれいになるかな」

玄関先のアンが蚀った。

「盎した跡たで消したら、海峡぀ばめ号やなくなる」

颚倪郎の指が止たった。

源さんはアンを芋た。

「その通りや」

アンナが源さんの手元ぞ錻を寄せた。

「䜕しおんの」

「海峡぀ばめ号が、ただ走れるか聞いおんねん」

アンナはフレヌムぞ耳を近づけた。

「䜕も蚀わぞんで」

アンが片耳を動かした。

「お前より無口やからな」

源さんは最埌の金具を締め、工具を眮いた。

真鍮ベルを支える金具ぞ指をかけ、巊右ぞ軜く揺らした。

緩みがないこずを確かめるず、手を離した。

「これでええ」

颚倪郎が聞いた。

「もう終わりか」

「わしの仕事は終わりや」

「䜕蚀うおるん」

源さんは海峡぀ばめ号のフレヌムを軜くたたいた。

「海峡぀ばめ号はな、旅するたび完成しおいく自転車や」

「新品が䞀番ええ自転車やない」

「転んで、盎しお、たた走っお、人も自転車も旅人になっおいく」

颚倪郎はフレヌムに残った傷を芋た。

源さんは、赀いバンダナを巻いたアンナぞ顔を向けた。

「次はアンナの傷が増える番や」

アンナは目を䞞くした。

「えっ、傷぀くん」

「転ばんように走る犬はおらん」

アンが蚀った。

「転んでも垰っお来たらええ」

源さんは䞭倮キャビンを軜くたたいた。

生成り色の栌子が、コンず鳎った。

「この海峡぀ばめ号はな」

「垰る堎所もちゃんず芚えずる」

颚倪郎はハンドルを握った。

「ほな、たた傷増やしおくるわ」

源さんは銖を振った。

「傷やない」

颚倪郎を芋た。

「思い出や」

アンは海峡぀ばめ号の傷ぞ目を向けたたた蚀った。

「増やしたら、ちゃんず連れお垰っおこい」

源さんは工具箱を閉じた。

パチンッ。



源さんは埌郚ラックぞ顎を向けた。

「ほら。点怜終わったで」

「䜕が」

「次はお前の仕事や」

颚倪郎は、地面ぞ䞊べおいた荷物を芋た。

カヌキ色のダッフルバッグを持ち䞊げ、埌郚の倧型ラックぞ茉せた。

青いロヌルマットを暪向きに眮き、荷ひもを締めた。

巊右のサむドバッグぞ、工具ず雚具を入れた。

源さんが荷ひもを匕いた。

「ゆるい」

「今から締めるずこや」

「旅人が蚀い蚳すな」

颚倪郎は結び目を締め盎した。

アンが玄関先から蚀った。

「源さん、今日だけ颚倪郎も点怜しおくれぞん」

源さんは、颚倪郎の頭から足元たで眺めた。

「郚品が倚すぎる」

「人を廃車みたいに蚀うな」

その時、アンナが台所から駆けおきた。

口には、陜子のしゃもじをくわえおいた。

䞭倮キャビンぞ飛び乗り、敷物の䞊ぞしゃもじを眮いた。

颚倪郎が取り䞊げた。

「これは芁らん」

「ご飯食べるやろ」

「しゃもじで食べぞん」

アンナはすぐに家の䞭ぞ戻った。

2回目にくわえおきたのは、颚倪郎の片方の靎だった。

キャビンぞ攟り蟌んだ。

「それも芁るけど、そこちゃう」

「忘れたら困るやろ」

「今から履くねん」

颚倪郎が靎を取り返しおいる間に、アンナは3回目の埀埩ぞ向かった。

戻っおきた口には、アンの空になったおや぀袋がぶら䞋がっおいた。

アンの目が现くなった。

「旅支床やなくお、家出した泥棒やな」

アンナはおや぀袋をキャビンぞ眮き、尻尟を高く䞊げた。

「倧事なもん持っおきたんや」

颚倪郎は、しゃもじず靎ず空袋を順番に芋た。

「党郚、人のもんや」

「りチの倧事なもんや」

アンが空袋ぞ冷たい芖線を向けた。

「最埌のはゎミや」

陜子が颚倪郎からしゃもじを受け取った。

「これないず、昌のご飯よそわれぞんやろ」

颚倪郎は靎を履いた。

空のおや぀袋は、アンの前ぞ戻した。

アンが袋の䞭をのぞいた。

「ほんたに空やな」

「そこ確認するんか」

「旅立ち前やからな」

颚倪郎は䞭倮の䜎床キャビンぞ、アンナ甚の敷物を入れた。

手のひらで抌し、端が浮いおいないか確かめた。

身䜓を支える固定具を匕いた。

戻した。

もう䞀床匕いた。

最埌に扉のロックを抌した。

カチッ。

颚倪郎は手を離さなかった。

もう䞀床抌した。

カチッ。

アンナが前足を䞊げた。

「颚倪郎、䜕回やるねん」

「念のためや」

「さっきも念のため蚀うおたで」

アンが蚀った。

「颚倪郎の念、だいぶし぀こいな」

源さんもロックを匕いた。

「これは倧䞈倫や」

颚倪郎はようやく手を離した。

アンは䞭倮キャビンのアンナを芋た。

「アンナ」

「䜕や」

「飯、䌑憩、颚倪郎」

アンナが耳を立おた。

「忘れたらあかん順や」

颚倪郎が振り返った。

「わし、3番目なん」

「ちゃんずしずったら、い぀か昇栌する」

源さんが荷ひもを匕きながら蚀った。

「たずは故障せんこずやな」

「わし、自転車ず同じ扱いなん」

海峡぀ばめ号には、旅の荷物が戻っおいた。



出発前。

母の陜子が台所ぞ立った。

炊きたおのご飯から、癜い湯気が䞊がっおいた。

氎でぬらした手ぞ塩を぀け、癜いご飯を握った。

䞭には䜕も入れなかった。

アンナは台所の入口ぞ座り、陜子の手元を芋おいた。

「オカン、りチもやる」

「ただ早いわ」

「できるで」

「さっき氎こがした犬が䜕蚀うおんの」

アンは少し離れた堎所から芋おいた。

「味芋係なら任しずけ」

「塩あるから华䞋」

アンの目が现くなった。

「毎回华䞋やな」

陜子は塩を䜿わない、小さな癜ごはんのおにぎりも握った。

「これはアンちゃん甚」

アンナが銖をかしげた。

「りチのは」

「あんたの分もある。出発前に党郚食べたらあかんで」

アンは湯気の向こうぞ顔を向けた。

「腹枛ったたた走ったらあかん」

アンナは勢いよく耳を立おた。

「旅は腹だけや」

アンがすぐに芋た。

「だけちゃう」

「ほな、腹が先や」

陜子は肩を揺らしながら、塩にぎりを竹皮ぞ包んだ。

「ただ家からも出おぞん」

アンナは黙っお竹皮を芋匵った。

陜子はひもを結び、颚倪郎ぞ枡した。

竹皮はただ枩かかった。

颚倪郎は少しだけ䞭を開いた。

「具ぅ、ないんか」

「文句あるんやったら眮いお行き」

颚倪郎はすぐに竹皮を閉じた。

「ない。䜕もない」

アンが颚倪郎を芋た。

「颚倪郎ず䞀緒やな」

颚倪郎はアンを芋返した。

「わし、具なしなん」

陜子が竹皮を取り䞊げ、緩んだ結び目を締め盎した。

「垰っおきたら、奜きなん入れたる」

颚倪郎は竹皮を受け取った。

手のひらぞ、ただ枩かさが残っおいた。

「ほな、垰っお決めるわ」

アンが竹皮ぞ顔を近づけた。

「確認や」

「味芋ちゃうんか」

「確認や」

アンナも暪から錻先を䌞ばした。

「りチも確認」

アンは前足でアンナの胞を止めた。

「芋習いは芋るだけや」

「確認芋習いや」

陜子が竹皮を颚倪郎の胞ぞ抌し぀けた。

「確認長いねん」

颚倪郎は竹皮をカヌキ色のダッフルバッグぞしたった。



颚倪郎は玄関で立ち止たった。

荷物を積み終えた海峡぀ばめ号。

赀いバンダナを巻いたアンナ。

玄関先に座るアン。

颚倪郎は靎を脱ぎ、居間ぞ戻った。

抌し入れの䞊段から、癜い色玙を1枚取り出した。

「最埌の1枚やな」

座卓ぞ色玙を眮いた。

筆ぞ墚を含たせ、ゆっくり曞いた。

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アンが埅っおる
アンナず行く
だから明日も
旅に出られる

筆先から墚が1滎萜ちそうになった。

颚倪郎は慌おお筆を䞊げた。

アンが色玙を芋䞊げた。

「字は最埌たで䞋手やな」

「内容芋ろや」

アンナも隣ぞ䞊び、色玙の字を䞋から䞊たで芋た。

「アンちゃん」

「䜕や」

「りチ、行く方に曞いおある」

アンはアンナを芋た。

「埅぀んはアンや。アンナは連れおけ」

アンナの胞元で、赀いバンダナが揺れた。

「ほな、ちゃんず連れお垰る」

颚倪郎が暪から蚀った。

「わしが連れお行くんやけどな」

アンは颚倪郎ぞ目を向けた。

「垰りはアンナに連れおきおもらえ」

「初旅の前から信甚ないな」

「今たでの実瞟や」

陜子が色玙を受け取り、玄関の柱ぞ食った。

「これは、この家に眮いずこ」

月倪郎がうなずいた。

「颚倪郎が垰る目印や」

陜倪郎は色玙を芋䞊げた。

「垰る堎所が分かっずったら、道に迷っおも䜕ずかなる」

光子は颚倪郎の肩をたたいた。

「垰っおきたら、たた䞀緒にご飯食べよな」

アンが足元から蚀った。

「眮いおいくんやないで」

颚倪郎はアンを芋た。

「眮いずくんは、垰る目印や」

玄関の柱の暪には、小さな朚箱が眮かれおいた。

アンナが錻を近づけた。

「䜕や、これ」

陜子がふたを開けた。

䞭には、党囜から届いた幎賀状や絵はがきが重なっおいた。

アンナは䞀番䞊の葉曞ぞ錻を寄せた。

雪の残る茪島の町ず、新しく掛け盎された店の暖簟が写っおいた。

次の1枚には、䜐䞖保の枯を背に笑う女性ず、赀いバンダナを巻いた柎犬の絵があった。

アンナはその絵ぞ錻先を抌し぀けた。

「これ、アンちゃん」

アンは絵ず自分の顔を芋比べた。

「もうちょい矎人や」

颚倪郎の口元が匕き぀った。

「犬の絵に匵り合うな」

その䞋には、䌚接若束から届いた写真があった。

雪の䞭で、保護された犬ず子どもたちが䞊んでいた。

アンナが写真の犬ぞ錻を近づけた。

「友達」

「ただ䌚うおぞん」

アンナの尻尟が、朚箱の暪でパタパタ動いた。

「ほな、これから友達や」

最埌の1枚には、鎌倉の海ず、小さな店の窓蟺が写っおいた。

裏には短く、

『こちらは元気です』

ず曞かれおいた。

颚倪郎は4枚の葉曞を手に取り、しばらく眺めた。

「みんな、元気そうやな」

陜子は朚箱の䞭を敎えた。

「元気やから、䟿りくれるんや」

アンが葉曞ぞ目を向けた。

「颚倪郎がおらん間も、みんな暮らしおたんや」

颚倪郎は茪島の暖簟を指でなぞった。

「ほな、たた䌚いに行かなあかんな」

アンナが䌚接若束の犬ぞ錻を寄せた。

「りチも行く」

アンはアンナを芋た。

「お前は走りすぎるな」

颚倪郎は葉曞を朚箱ぞ戻した。

「たずは䌚いに行こか」

アンは片耳を䞊げた。

「たた倱恋しに行くんやろ」

「そこは旅しに行く蚀うお」

アンナが間髪入れずに蚀った。

「たぶん倱恋や」

陜子の肩が小さく揺れた。

颚倪郎は朚箱のふたを閉じた。

「初日から瞁起悪いねん」



倧和家の前には、家族ず商店街の人たちが集たっおいた。

母の陜子は、颚倪郎の襟を盎そうずしお手を払われた。

父の月倪郎は腕を組み、海峡぀ばめ号の荷物を目で確かめおいた。

祖父の陜倪郎は杖を぀き、祖母の光子はアンの隣ぞしゃがんでいた。

八癟屋のおばちゃんは前掛けを぀けたたた、倧根の入った箱を店先ぞ残しおきおいた。

魚屋のおっちゃんは、片手に空の魚箱を抱えおいた。

源さんの䜜業着には、朝の点怜で぀いた油が残っおいた。

シャッタヌを半分だけ開けおきた店䞻もいた。

惣菜屋からは、揚げ物の匂いが届いた。

角のパン屋では、焌き䞊がりを知らせるベルが鳎った。

その向こうから、子どもたちの声が聞こえた。

「颚倪郎兄ちゃヌん」

「アンちゃヌん」

子ども食堂の子どもたちが走っおきた。

アンずアンナが同時に振り返った。

子どもが足を止めた。

玄関先のアンを芋る。

䞭倮キャビンのアンナを芋る。

困った顔で、2匹を亀互に指差した。

「えっず  倧きいアンちゃんず、ちっちゃいアンちゃん」

アンナが栌子ぞ錻を抌し぀けた。

「りチはアンナや」

アンは前足をそろえたたた、アンナを芋た。

「名前芚えおもらうずこから修行やな」

子どもたちの声が匟けた。

「ちっちゃいアンちゃん」

「アンナや」

「赀いバンダナのアンちゃん」

「どっちも赀いやろ」

アンナの尻尟が、キャビンの内偎を忙しくたたいた。

アンは片耳を動かした。

「先は長いな」

その声の向こうから、ミナミが歩いおきた。

道路ぞ飛び出しかけた子どもの肩を぀かみ、歩道ぞ戻した。

もう片方の手には、颚呂敷包みを抱えおいた。

「間に合った」

陜子がミナミを芋た。

「今日は䌑みやのに」

ミナミは、ずれおいた子どもの垜子をかぶせ盎した。

「こんな日は、䌑みやないです」

子どもたちは再びアンナの呚りぞ集たった。

「今日から旅するん」

「どこたで行くん」

アンナは栌子ぞ前足をかけた。

「りチ、今日から旅人や」

玄関先のアンが蚀った。

「ただ芋習いや」

「もう盞棒や」

子どもたちの声が、もう䞀床䞊がった。

その声が静たった時、颚倪郎ずミナミの目が合った。

ミナミは颚呂敷包みを持ち盎した。

「行っおらっしゃい」

颚倪郎は少しだけ頭を䞋げた。

「行っおきたす」

アンは子どもたちぞ顎を向けた。

「ほら、道空けたれ」

ミナミもうなずき、子どもたちぞ向き盎った。

「道ふさいだら、出発できぞんよ」

子どもたちが慌おお巊右ぞ分かれた。

子どもの1人が、荷物を積んだ海峡぀ばめ号を芋䞊げた。

「颚倪郎兄ちゃん」

「䜕や」

「たた旅するん」

颚倪郎は、すぐには答えなかった。

商店街を芋た。

家族を芋た。

源さんを芋た。

ミナミず子どもたちを芋た。

最埌に、玄関先のアンを芋た。

「垰れる堎所、増やしにな」

子どもが銖をかしげた。

「垰れる堎所」

「泣きたいのに笑っずる人がおるやろ」

颚倪郎は坂の向こうぞ目を向けた。

「そんな人が、たた戻っおこられる堎所を、1぀でも増やしたいねん」

アンナが栌子の隙間ぞ錻先を突き出した。

「ほな、日本䞭や」

颚倪郎の目尻が䞋がった。

「せやな」

アンは颚倪郎を芋䞊げた。

「䞀生終わらんな」

「終わらんでええ」

アンの口元が、わずかに緩んだ。

「ほな、さっさず行け」

颚倪郎はハンドルを握った。

アンはアンナぞ顔を向けた。

「アンナ」

「䜕や」

「疲れたら䌑め」

アンナの耳が前を向いた。

「喉枇いたら氎飲め。颚倪郎が急いでも、無理しお぀いお行くな」

颚倪郎が振り返った。

「わしが無理させるみたいやん」

アンは颚倪郎を芋た。

「自分が無理しおるこずにも気づかん男やからな」

「吊定しにくいわ」

アンナは栌子ぞ前足をかけた。

「颚倪郎が止たらんかったら、りチが止める」

アンはうなずいた。

「せや」

少し間を眮いた。

「無理しお走り続けるんは、旅ちゃう」

アンナは赀いバンダナを揺らし、倧きくうなずいた。

「疲れたら䌑んで、腹枛ったら食べる」

「それでええ」

颚倪郎はハンドルを握り盎した。

「わしより旅人らしいな」

アンは顎を少し䞊げた。

「先生がええからな」

颚倪郎はペダルぞ足を茉せた。

アンが呌んだ。

「颚倪郎」

「䜕や」

「振り返るんは1回でええ」

颚倪郎はハンドルを握ったたた、アンを芋た。

「垰る時に道、間違えんな」

颚倪郎は䜕か蚀おうずしお、やめた。

代わりに、短くうなずいた。

「行っおきたす」

アンは前足をそろえたたた答えた。

「行っおこい」

アンナも声を匵った。

「行っおきたす」

アンがすぐに呌び止めた。

「颚倪郎」

「なんや」

「アンナの飯、忘れんなよ」

アンナが栌子ぞ䞡前足をかけた。

「アンちゃん、そこ䞀番倧事なんか」

アンは少し顎を䞊げた。

「旅は腹からや」

子どもたちが腹を抱えた。

陜子が声をかけた。

「垰っおきたら、晩ご飯いるか先に電話しや」

「分かった」

月倪郎も蚀った。

「生きずるかどうかも連絡せえ」

「分かったっお」

陜倪郎は杖を持ち䞊げた。

「土産は食えるもんにせえ」

光子は䞭倮キャビンを指した。

「アンナに無理させたらあかんで」

アンナの尻尟が、栌子の内偎をたたいた。

「りチが颚倪郎を芋匵るねん」

颚倪郎が振り返った。

「頌りにしおるで、盞棒」

アンナは栌子ぞ錻を抌し぀けた。

「たかしずき」

颚倪郎はペダルを螏んだ。



海峡぀ばめ号が、朝の堺を走り出した。

アンナは䞭倮の䜎床キャビンから顔を出しおいた。

颚倪郎は坂ぞ入る前に、1回だけ振り返った。

陜子が手を振っおいた。

月倪郎は腕を組んだたた、顎を䞊げおいた。

陜倪郎は杖を持ち䞊げおいた。

光子は目元ぞ手を圓おおいた。

子どもたちは䞡手を振っおいた。

ミナミは、道路ぞ出ないように子どもたちの背䞭を抌さえおいた。

アンは玄関先に座ったたた、颚倪郎を芋おいた。

颚倪郎は前を向いた。

それからは、もう振り返らなかった。

真鍮ベルぞ指をかけた。

チリン。

海峡぀ばめ号が坂を䞋っおいった。

埌郚ラックのカヌキ色のダッフルバッグが揺れた。

青いロヌルマットの端が、朝日に光った。

䞭倮キャビンから、アンナが振り返った。

胞元の赀いバンダナが、春の匂いを含んだ颚に揺れた。

「アンちゃヌん」

アンナの声が、坂道を䞊っおきた。

アンは動かなかった。

ただ、目を现めた。

陜子がアンぞ声をかけた。

「アン、入ろか」

アンは、䜕も芋えなくなった道をもう少しだけ芋぀めた。

それから腰を䞊げた。

右埌ろ脚ぞ重さを戻しおから、玄関ぞ向かった。

戞をくぐる前に立ち止たった。

朝の道ぞ錻先を向けた。

「垰っおこいよ」

倧和家の軒䞋に䞋がった小さな真鍮ベルが、颚に揺れた。

チリン。


おしたい

アンナ
保護䞻の女性