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キルケーの魔女

 大学時代の先輩と『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を観に行った。前作から約5年振りとなる続編。ちなみに前作も先輩と一緒に同じ劇場へ足を運び、当時は上映前に『竜とそばかすの姫』の予告編が流れて、劇場の音響設備で聴く中村さんの歌声に圧倒されたのを覚えている。

『キルケーの魔女』は素晴らしかった。ネタバレせずにこの作品の感想を細かく語ることが僕にはできないので全般的な印象だけを書くが、クライマックスのシーンでエモーショナルになってしまい、思わず泣いてしまった。アニメ映画を観て泣いたのは『ルックバック』以来だ。作品としてはクライマックス前までは75点くらいの印象だったのだが、クライマックスのシーンで僕のなかでは99点になっていた。


 とはいえ、この作品は閃光のハサウェイ三部作の第二作であり、前作はもとより、その前日譚としての『機動戦士ガンダム』『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を観ていないと、この作品をよく理解することはできない。そういう意味では、作品単体としてどこまで評価するかは議論が分かれるところだろう。スターウォーズのエピソード2だけを観て評価するようなものだから。

 それでも『キルケーの魔女』は素晴らしい作品だった。前作で不満だった点はすべて解消され、CGによる作画の利点をフルに活かしたMSの戦闘シーン、ハサウェイやギギの内面を丁寧に掘り下げる演出、新海誠アニメのよく誇張された美麗な背景美術とはまた異なる、実写的なリアルを追求した背景美術。不穏と祈りが同時に通奏低音のように流れている作品内の時間。大人向けのガンダム作品だったといっていいだろう。機動戦士ガンダムという作品は単なるロボットアニメではない、人間ドラマを描いた作品なのだということをあらためて実感できた作品だった。

 それにしても『キルケーの魔女』というタイトルの巧みさよ。原作の小説で、作者の富野由悠季はギギのモデルとしてアリス・プランをイメージしていたらしいが、あのようなファム・ファタールはギギだけではなかった。振り返ってみれば、確かにガンダムという作品は、魔女と魔女によって人生を捻じ曲げられた男たちの物語だったのだ。

 魔女によって人生を大きく変えられ、場合によっては破滅へと向かわざるを得なかった男たちの人生の軌跡を描いたのがガンダムという作品だとして、だが本当に人と人が出会うということは、互いの人生そのものを大きく変えてしまう、そのようなものではないだろうか。

 真の出会いとは、出会った瞬間から二人の人生がまったく変わってしまう、そのようなものだと確信をもって言える。なぜなら、僕はそういう出会いを知っているからだ。



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丸山 篤郎 ありがとうございます。皆さんのサポートを、文章を書くことに、そしてそれを求めてくださる方々へ届けることに、大切に役立てたいと思います。よろしくお願いいたします。