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AI 疲れ、悠久のとき、まぶしい朝の陽

前職での業務は、腕前を鍛えられる点では良かったが大変な苦労もあった。
エンジニアという職種はここ最近の著しい AI の進歩で、控えに言っても能率が5倍に高まった。
一週間つまり5営業日で、1個のことを終わらせていたのが5個のことを終わらせるようになったイメージだ。

ひとつのセッションさんに全体の設計を頼む(知能がもう人と変わらなくなってきているので敬意を持って「さん」を付けるのが私の好みだ)。
ひとつのセッションさんに設計のレビューを頼む。
ひとつのセッションさんにデータの用意を頼む。
ひとつのセッションさんにメインの開発を頼む。
ひとつのセッションさんに営業資料作成を頼む。

ひとつのセッションさんがさらに3つのサブセッションさんを召喚するなんてこともよくある。すると 15 人の AI が同時に動くなんてこともよくある。

これだけ AI に任せられるようになったことで、時間的なゆとりは生まれるだろうか?

ホントはぼんやりコーヒーでも沸かして全ての結果が出揃うのを待っていたいところだが、案外そうもいかない。
だいたいの場合は何かしらセッションさんらと齟齬があって途中で詰まる。このためにしばらく追加でやりとりをしないといけない。

私の回答を待っているセッションさんは、僕が答えるまでボンヤリ待たざるをえない。アイドルしているセッションさんがでないように目を光らせないといけない。

つまり5倍の生産性のためにはそれだけ集中してせわしなく働かなくてはいけないのだ。

求められる仕事の量も5倍に増える。
給料は少ししか変わらない。
暇な時間も増えない。

それでも効率が高まる事自体は面白い。
なので時間的な余裕や給与はともあれ、これで良っか~と思える部分も大きい。
みるみるうちにタスクが溶けていくことにはやはり Factorio 的な興奮がある。

そんな中で正味仕事が満足かどうかは、結局のところ会社の気質による。

慌ただしくしていることが好きな会社は、良くも悪くも無理な挑戦をする。
これが悪いと言いたいわけではない。高いリスクを取らなければ高いリターンも得られないだろうというのが世の常。そう思うと、せわしなくすることでリスク回避に励むのもまた正しい判断の一つだ。

ただそれには相応のバランス感覚もまた求められるだろう。
費用対効果のためのニーズ把握。取れるリスクの大きさの把握。社員の疲弊具合の把握。

こうした諸々に対して満遍なく嗅覚を持っている会社というのもなかなかないだろう。従って何らかの綻びを持ちながら走り続けるというのが、こうした会社の基本戦略なのだと思う。そういうものだ。
このような会社にいて流石に疲れてきていた折に(自分の強みと会社のコアコンピタンスがズレて来た点も大きい)、あるきっかけで新天地へ移ることになったのだ。

こうしてしばらく旅行記などを書いているように、今はつかの間の夏休みを楽しんでいる。

でも結局研究やら AI とのやりとりやらが好きで、休みでもなお、それらを楽しんでいる。これこそがやっぱり自分のやりたいことなのだ、多分。
ただ締め切りに追い掛け回されなくなったぶん、やっていることはほとんど同じでも今のほうが楽しめている。
絵師さんが絵の仕事の休憩にワンドロを描いてらっしゃるのに似ているかもしれない。

そういえば前職への転職を決意したときもその決意の直後に Aqours のライブがあった。3rd だった。まるで応援されているかのように、歌詞に背中を押されたのだ。

今回は退職を決めた直後に Guilty Kiss と Saint Snow のライブがあり、背中を押される。
特に After The Rain が良かった。
これについては後日もう少し書くとしよう。

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