2025.11.29『回想 人としての器』
いつかの試合直前、対戦相手が隣にいる状態で待機させられた。お互い少し体を動かしながら試合の開始を待ち、もちろん目を合わせることはなかった。ここに来るまでほぼ相手の情報がなかったので、相手の様子をチラチラと見ては、腕の筋肉の張りや表情を確認して、俺はこの相手よりやってきたと言い聞かせ続けた。教わっている人や練習してる仲間、環境、そして自分自身の取り組み。悔いはない。あとはやるだけ。そんな風に自分を鼓舞してリングに上がった。
リングの上で初めて対面する。
その瞬間、相手は僕の目を見て頷いてきた。試合が始まる直前にも関わらずいい人だなと思った。無意識に僕もその会釈に返した。その瞬間、僕の中にあった様々な気負った感情がスッと抜ける心地良さがあった。この相手を凌駕しようという感情は一切なかった。
結果僕は試合に勝った。
今まで以上に良いパフォーマンスで勝利し、試合の映像を見返しても、よくこの対戦相手に勝てたなと思うほど相手選手は強かった。
相手が僕をそうさせた。
試合直前、彼が会釈した瞬間に「お互いがやってきたこと、全力で出し切った上で、最高の戦いをしよう」というリスペクトを感じた。その瞬間、相手を凌駕しようという感情ではなく、自分のやってきた事をこの相手にぶつけて、全力を尽くそうというマインドに変化したのかもしれない。とにかく大きな感情の変化があった事は分かる。僕はただ、相手の用意した土俵に乗っかった。
そして僕は勝負に勝った。
ただ、人としての器の大きさは相手が優っていたと思う。
競技として勝つためにどちらが良い選択かは分からない。相手を凌駕しよう、ぶっ倒そうと意気込んで臨むべきかもしれない。僕が食われるような瞬間もあるだろう。それでも、競技を通してどういう人間になりたいのか、忘れずに続けたい。
