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不忘の碑を学び直して見えてきた、白石が世界に誇れるもの

現在、10月31日にホワイトキューブで開催される「2026東北ブロックユネスコ活動研究会宮城大会 in 白石」の準備を進めています。

私は白石ユネスコ協会の副会長として実行委員会に携わっていますが、大会の準備を進める中で、改めて「不忘の碑」について深く学ぶ機会をいただいています。

今回の大会の基調講演では、白石市観光大使の山崎バニラさんと、一般財団法人不忘平和記念公園の安藤会長にご登壇いただきます。

山崎バニラさんには、ご自身で制作された動画を活弁で上映していただき、不忘の碑が建立されるまでの経緯を分かりやすく紹介していただく予定です。
私は現在、その動画制作のお手伝いをさせていただいており、その過程で多くの資料や文献に触れる機会に恵まれました。


実は、私が初めて不忘の碑のことを知ったとき、正直なところ疑問を抱いていました。

私は基本的に保守的な考え方を持っています。

そのため、「なぜ敵国だったアメリカ人をここまで手厚く葬り、さらに慰霊碑まで建立したのだろう」という思いが、最初はどうしても拭えませんでした。

しかし、当時の資料や文献を読み、先人たちの思いや時代背景を知るにつれて、その考えは少しずつ変わっていきました。

そこにあったのは、敵味方という立場を超え、一人の人間として命を尊び、戦争という悲劇を二度と繰り返さないという強い願いでした。

それは決して歴史を忘れることでも、自国への思いを薄めることでもありません。

悲惨な戦争を経験したからこそ、亡くなった方を人として弔い、平和への願いを後世へ伝えようとした先人たちの姿勢だったのだと、今は感じています。


ユネスコ憲章の前文には、

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」

という有名な言葉があります。

以前は、この言葉を読んでも、どこか抽象的な理念のように感じていました。

しかし、不忘の碑について学び、その背景にある人々の思いを知ることで、この言葉の意味を少し理解できたような気がしています。

平和は誰かが与えてくれるものではなく、一人ひとりの心の在り方から始まるものなのだと、改めて考えさせられました。


この不忘の碑こそが、白石ユネスコ協会設立のきっかけとなりました。

今回、副会長という立場で大会準備に携わったからこそ、この歴史を改めて学び、白石というまちが持つ平和への思いを深く知ることができました。

そして何より、このような歴史を受け継ぐ白石市民の一人であることを、誇りに思います。

10月31日の大会では、多くの皆さまに、不忘の碑に込められた先人たちの思いと、その歴史に触れていただければ幸いです。

私自身も大会成功に向けて、残りの準備を一つひとつ大切に進めていきたいと思います。

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