百年生きる
君と好きな人が百年続きますように
という歌詞がある。
関係が100年続くというのは、めったにあることではない。
寿命が100年続くことはあるかもしれないが、
相手が幼馴染だとして102歳、103歳まで生きるとなるとぐっとハードルがあがる。
……などと、揚げ足取りをするのは無粋な話で、
この場合の「百年」は永遠とほぼ同義だろう。
しかし、100年は永遠なのだろうか。
気がつくと、その半分以上の、56年生きてきた。
50年以上も生きるなんて、とても想像できなかった。
1999年7のつく月に恐怖の大王が降ってきて人類が滅亡するというどこかのおっさんの予言を信じた世代だったことも多少関係しているかもしれない。
しかし、50年である。
近所をとことこ歩き、電車に乗り、ごはんを食べ、誰かとしゃべり、本を読み、あくびをし、ぎゃははと笑っている間に、子どもたちはぐんぐん大きくなり、木は大木になって枯れて切り倒され、商店街はモールになり、海は埋め立てられ、学校は統廃合されている。
自分の周囲は目まぐるしく変化しているのに、自分は相変わらず自分だ。
一応、サブスクの音楽にも、メッセージになった連絡にも対応できている。
でも、ついていけないと思う流行には無理についていかなくなった。
ものごとに対する解像度も相当落ちている。
50年以上生きてることに気がつくのは、そんなときくらいだ。
仕方ない。
そのまま、生のまま、60年、70年と生きていくしかない。
実は最近、自分は100歳近く生きるのではないかという予感がしている。
両親は88歳と80歳、いろいろあれど、基本的には健康である。
祖父と祖母は全員亡くなっているが、母の兄や姉も元気。
長生きしたいとか、長生きがいいとか思わないが、なんとなく自分はいく気がする。
どうしよう。
オチはない。
【本日のスコーピオンズ】
129曲目"Someone To Touch"
13th アルバム"Face the Heat"(1993)より。
なんだろう、B'zみを感じます。
ライブでは盛り上がりそう。
感想は以上です。
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