「せめて発達障害は努力をしてほしい」という正論に対する提案
うがみんしょーら🌴
発達障害の生存戦略を楽しく発信している、
表のうがみです。
今日は、適応や擬態の話をします。
「できない言い訳ばかりしてないで、
せめて発達障害の側も、
俺たちに合わせる努力をしてほしい」
先日、ネットでそんな定型発達
(発達障害ではない方)の
書き込みを見かけました。
これを見て、
不快に思う当事者の方もいるかもしれません。
でも、僕の率直な感想は
「めちゃくちゃ分かるわ」でした。
なぜなら、
僕自身が発達障害と診断される前、
自分がそうだとは夢にも思っていなかった頃、
まったく同じことを考えていたからです。
マッチョ思考な大学生だった当時、
発達障害の後輩に対して、
僕は内心こう思っていました。
「おかしいのはそっちなんだから、
四の五の言わずにこっち(多数派)に
合わせるしかないだろうが」と。
当時はそれが常識であり、
正論だと信じて疑わなかったんです。
だから今でも、
「発達障害は努力して
定型発達に合わせろ(擬態しろ)」
という意見に対して、
僕はとやかく言うつもりはありません。
言いたくなる気持ちは痛いほど分かります。
ただ、自分が当事者になってみて
気づいたことがあります。
それは、この要求をぶつけるなら
発達障害の仕組みと相手の障害の程度を
ちゃんと理解した上で言った方が、
合理的ということです。
発達障害の特性による行動は、
本人の怠慢ではなく、
前頭葉にある脳神経の働き方の違いです。
仕組みを無視して「努力しろ」と
精神論をぶつけても、
根本的な解決にはなりません。
たとえば、視力が極端に悪い人に
「僕たちと同じように、あの標識を読め」
って言うなら、
メガネかコンタクトを用意しますよね?
「裸眼で読めないのは努力不足だ」
って言うのはズレているわけです。
それと同じで、発達障害に
「僕たちと同じように仕事しろ」
って言うなら、より丁寧に
手順や要点を確認するとか、
役割を考えるとか、準備が必要です。
だからこそ、今の僕は割り切っているんです。
当事者の特性や仕組みを理解しようとせず、
ただ「普通に合わせろ」と
精神論を押し付けてくる人の言葉は、
基本的にスルー。
波風を立てないために
「合わせてるふり」だけをして、
頭の中では今日の晩ごはんを
何にするか考えています(笑)。
一方で、
こちらの前提や特性を理解した上で
建設的な会話ができる場合、
全力で適応・擬態しにいきます。
仕組みさえ整えば、
自分でもびっくりするような
成果を出せるポテンシャルを
秘めているからです。
みんな、今日もいってぃきやんしょーら🌴
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