自転車通勤をしていたら特殊能力を手に入れた
自転車通勤を始めてから、ちょっとした特殊能力を手に入れた気がしている。信号待ちの車列の横を、すり抜けるでもなく、ただゆっくり進むだけで、運転席の中身が丸見えになるのだ。ハンドルを握る手、膝の上の荷物、そしてかなりの頻度で、青白く光る画面を覗き込む顔。五台に一台くらいの割合で、誰かがスマホと真剣に向き合っている。信号が赤である限り、彼らにとってそこは公道ではなく、個人のリビングらしい。
不思議なのは、これだけ堂々とやっているのに、取り締まる側の姿がほとんど見当たらないことだ。漫画で見るような、銀色の自転車にまたがったおまわりさんは、いったいどこで油を売っているのか。交番の前でお茶でも飲んでいるのだろうか、などと想像を膨らませていたのだが、調べてみると彼らは絶滅したわけではなく、むしろ普通に働いていた。ただし住宅街の見回りや、迷子の犬の捜索や、道を聞かれることへの対応に忙しく、車列の隣でスマホ族を摘発する専門部隊ではなかったらしい。
考えてみれば当然で、パトカーは車の間をすり抜けられないが、自転車のおまわりさんならできる。理屈の上では、彼らこそ「ながらスマホ」発見の最適任者のはずだ。信号待ちの車の横をゆっくり通れる、渋滞中でも近づける、運転席の中がよく見える。まるでそのために自転車警ら制度が用意されたかのようである。
ところが現実は、発見してからが厄介らしい。見つけたところで、その場でどう停止させるのか。信号が青に変われば、違反者はそのままアクセルを踏んで走り去る。自転車でパトカーばりの追跡劇を繰り広げるのは、さすがに絵にならない。交差点のあちらとこちらに警官を立たせ、一人が現認し、もう一人が先で停止させるという二段階方式が実際にはあるらしいが、それをやるには最低でも警察官が二人、それも同じ交差点に同時にいる必要がある。人手不足のご時世に、そんな贅沢な配置がどれだけ許されているのか、正直あやしいものだ。
つまり、理論上は自転車のおまわりさんが最強のスマホハンター足りうるのに、現場ではその能力をほぼ発揮させてもらえていない、ということになる。宝の持ち腐れというやつだ。
私にできることといえば、隣を通り過ぎる車の運転手が握りしめているのがスマホなのか、それとも単なる手袋なのかを、ペダルを漕ぎながら見極める訓練を積むことくらいである。もっとも、この特殊能力を活かせる場面は、今のところ一つも思いつかない。
