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DAY125:「老害」かそれ以外か

最近、めっきり敬語を通しきれなくなった。 これは僕にとって、密かに由々しき事態であった。

かつて二十代の頃の僕は、コンビニやスーパーのレジにおいて、店員に対して「おい、タバコ」などと横柄なタメ口を叩く中高年男性を、親の仇のように憎んでいた。
「なぜ彼らはあんなにも馴れ馴れしいのか。己の権力誇示か、それとも単なる想像力の欠如か」と。
他者への敬意を持たぬ「老害」には絶対になるまいと、固く心に誓っていたのである。

しかし、いざ自分が四十代という「立派なオッサン」の領域に足を踏み入れてみると、どうも勝手が違うのだ。
相手を見下しているわけでは決してない。
ただ、ガチガチの敬語の鎧を着たまま、一から十までコミュニケーションを完遂することが、ひどく億劫になってしまったのである。
「~だろ?」や「~だよな?」といった、相手を威圧し同意を強要するようなマウント用語は絶対に口にしないという、最低限の矜持だけは辛うじて保っているものの、ふとした瞬間に「あ、これお願いできる?」と、語尾の敬語がスッと抜け落ちてしまう。

そのたびに僕は、心の中で(いかんなあ)と小さく反省し、(´・ω・`)という顔文字のようなやるせなさを抱えていた。
僕は、あんなにも軽蔑していた「馴れ馴れしいオッサン」に成り下がってしまったのだろうか、と。

だが、ある日、ひとつの重大な事実に気がついた。 僕がレジで少し語尾を崩し、いわゆる「ハーフ敬語」を使ったとき、目の前の若い女性店員の表情が、劇的に和らぐのである。

現代の接客業において、若い店員は常に怯えている。
目の前に現れた四十代の男が、理不尽なクレームを叩きつける「モンスター」である確率が、悲しいかな、この国では決して低くないからだ。
彼ら彼女らは、マニュアルという名の盾を構え、ガチガチに緊張して私を迎え撃とうとしている。
そこに僕が、フル装備の完璧な敬語で「恐れ入りますが、こちらのお会計をお願いできますでしょうか」と迫れば、ただでさえ張り詰めた糸はさらにピンと張ってしまうだろう。

そこで僕は、意図せずして(いや、もしかすると本能的な生存戦略として)、一種の「合気道」を繰り出していたのである。

スマートフォンを取り出し、店舗のアプリを開こうとするフリをして、僕はこう呟く。

「え? アプリ……あれ? 難しいな(笑)」

断っておくが、決して本当に手こずっているわけではない。(嘘である)
ヤフオクの複雑な相場変動から年金の税率まで瞬時に計算する僕の脳が、たかがポイントアプリごときでフリーズするはずがないのだ。
しかし、僕はあえてここで「デジタルに弱い、ちょっとポンコツな中年」を演じる。自らマウントを解除し、無防備な腹を見せるのである。

するとどうだろう。
店員の強張っていた顔から、スッと険が取れる。 「あ、こちらを押していただければ大丈夫ですよ」 彼女が少しホッとしたような声を出したところで、僕はすかさず、とどめを刺す。
「あー、そういう仕組みなんですね(笑)。全然わからなくて、ごめんなさいね」

くすぐられる母性w

キラースマイルである(≧▽≦)

瞬間、若いおねーさん店員の顔に、マニュアル通りの「営業スマイル」ではない、安堵と親愛の情が入り交じった「本物のスマイル」が花開くのだ。 (ああ、この人は私を怒鳴りつけるような面倒なオジサンじゃないんだ) 彼女の心の声が、手に取るように聞こえる。

僕が語尾を省略していたのは、老化による脳の劣化などではなかった。見知らぬ他者との間に横たわる「客と店員」という不毛な緊張関係を、最短距離で緩和(アイスブレイク)するための、極めて高度に最適化されたコミュニケーション・ハックだったのだ。

そう気づいたとき、僕は自分の老い(変化)を少しだけ肯定できたような気がした。 今日もまた、私はどこかのレジで「難しいな」とわざとらしい独り言を呟きながら、ささやかな平和と、おねーさんのスマイルを引き出すための合気道を繰り出しているのである。

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