DCDの娘が雪山で手に入れた成功体験
小1になったら、どうしても娘を連れていきたい場所があった。
それは雪山だ。
運動が苦手でも、娘には成功体験を持ってほしかった。
娘にはDCD(発達性協調運動障害)がある。
もしかしたら滑れないかもしれない。
もしできなかったら、スノーパークで遊べばいいかな、くらいの気持ちでいた。
初日は様子を見るために、1日スクールへ申し込んだ。
ここで私は、レッスン前に余計な不安を植え付けないよう、事前に何も教えなかった。
平日だったこともあり、結果的にほぼ親子マンツーマンのようなレッスンになった。
娘は板の前に三角の補助器具をつけてもらい、恐る恐る滑っていた。
補助があれば、滑ること自体はできる。
でも様子を見ていると、問題は重心移動よりも、「エッジで止まる」という感覚そのものが掴みにくいようだった。
ブレーキの感覚が身体に入らない。
これはDCDの子によくある、
「頭では理解していても身体操作に変換しづらい」状態だったのだと思う。
1日目のレッスンが終わったあと、
「少し滑ってみる?」と聞いて、第1リフトに乗った。
でも、これは失敗だった。
疲れた身体では、
踵荷重でブレーキをかける動作がさらに難しくなっていた。
板が滑る。
転ぶ。
立てない。
また転ぶ。
それを繰り返してしまった。
すると娘は、
「もう嫌だ」
「私がだめな子だからだ」
と言い始めた。
私は慌てて否定した。
「そんなことないよ。ママの教え方が悪かったんだよ」
「先生のときは滑れてたでしょう?」
「ママはプロじゃないから、教えるの難しいんだ」
「明日またレッスンだから、そのときにまた滑ろう。本当にごめんね」
DCDの子は、
「できない」が、
そのまま「自分が悪い」に繋がりやすい。
だから私は、
失敗を「人格」に変換させたくなかった。
翌日。
同じくらいの年齢の男の子や、小学生チームと一緒のクラスになった。
それが本当に良かった。
子どもたちとワイワイしながら滑るうちに、
娘の表情がどんどん変わっていった。
私は少し離れたところから見ていた。
すると、先生がほぼ娘につきっきりだった。
先生は後ろから
「ブレーキ」
とタイミングを声で教えてくれていた。
娘は「止まる感覚」そのものがまだ掴みにくかったのだと思う。
ゆっくり滑りながら、
何度もブレーキだけを練習してくれていた。
グループの中でも、
娘だけ動作がゆっくりだった。
スピードも遅い。
動きも一つひとつ慎重。
でも私は、すごく感動していた。
ああ、この子は、
「得意なスポーツ」を一つ言えるようになるかもしれない。
そう思った。
娘をあんなに上手に滑らせることができたのは、たくさんの子どもたちを教えてきた先生だからだと思う。
DCDの子は、
「できるようになるまで」が長い。
でも、
「できない」のではなく、
「身体の使い方を掴むまでに、とても時間がかかる」ことがある。
だから私は、
スポーツを諦めてほしくなかった。
得意なことを一つ言えるだけで、
子どもの自己認識は変わるからだ。
そしてもう一つ、
娘が手に入れたのは、スキーの技術だけではなかったのかもしれない。
「自分もみんなと一緒に滑れる」
そんな感覚だったように思う。
DCDでことごとくスポーツが出来なかった娘に、成功体験ができた。
親として、これほど嬉しいことはなかった。
「来年もまた連れて行ってね」
あとがき
発達特性の記事として、9記事を書きました。
娘の負荷がどれほど大きいのか。
なぜここまで崩れてしまうのか。
私はずっと疑問に思い、観察を続けてきました。
私は娘を「できない子」だとは思っていません。
むしろ、これだけの負荷の中で学校生活を続けてきたこと自体、とても強いことだと思っています。
同じような特性を持つ子どもたちが、少しでも周囲から理解されますように。
Lumen C.
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