DCDと初めての自転車
幼稚園の頃まで、娘はストライダーで普通に遊んでいた。
年長になる頃、
周りの子に合わせて自転車を買うか迷った。
ストライダーでは、
地面を足でバタバタ蹴りながら、
楽しそうに乗り回していたし、
特に「運動が苦手」という印象もなかった。
「ストライダーが乗れてるなら、
バランス感覚もあるし、
そのうち補助輪なしでも乗れるかもしれないね」
そんな軽い気持ちだった。
補助輪付きの子ども用自転車を買った。
娘は嬉しそうだった。
夕方、
後ろから支えながら乗せてみると、
娘も安心して笑っていた。
親が重心を支えているから、
怖さも少ない。
その日は、
「そのうち普通に乗れるようになるかな」
くらいの感覚で終わった。
でも次の日、
違和感が始まった。
「ペダルに足を乗せて漕いでみてね」
そう伝えても、
うまくできない。
ペダルを踏み込めない。
力が弱いというより、
“回せない”。
「漕ぐだけだよー」
と声をかけても、
ペダルがうまく一回転しない。
その時はまだ、
「ちょっと早かったかな?」
くらいに思っていた。
でも、
乗せているうちに気づいた。
何かが噛み合っていない。
バランスが悪い。
ハンドルを握る力が弱い。
ペダルを押し込めない。
怖くて前を向けない。
ブレーキ操作もぎこちない。
全部がチグハグだった。
「外遊びが少ないから?」
「運動神経が悪いだけ?」
そう思おうとしたけれど、
違和感はどんどん大きくなっていった。
ある日、
大きな公園の緩い下り坂で試してみた。
まずはストライダー。
これはできる。
両足を開きながら、
自分でバランスを取って進める。
でも、
子ども用自転車になると急にできない。
ペダルに足を乗せない状態なら、
なんとか進める。
でも、
「ペダルを漕ぐ」が加わった瞬間に崩れる。
その時、
私は初めて気づいた。
娘は、
「バランスを取る」
「ハンドルを握る」
「前を見る」
「ペダルを漕ぐ」
それぞれを、
別々の動作として処理しているのではないか、と。
子どもの頃、
自転車の練習をするとき、
私たちはそんなことを一つ一つ考えていただろうか。
後ろから手を離された瞬間、
無意識にバランスを取りながら、
自然に前へ進んでいく。
たぶん多くの人は、
身体が勝手に “つながって” いた。
でも娘は違った。
全部が分断されているように見えた。
一つをやると、
もう一つが止まる。
複数の動作が重なると、
身体全体がうまく統合できなくなる。
多くの人は練習によって動作が
『自動化』されるけれど、
娘にとってはいつまでも『手動』の操作を
同時にいくつもこなしている状態だった。
この時はまだ、
私はDCDという言葉も知らなかった。
だから、
「できない理由」が分からなかった。
ただ、
ものすごい違和感だけがあった。
“できない” というより、
身体の動きそのものが噛み合っていない。
そんな感覚だった。
でも数年後、
この感覚には
ちゃんと名前があることを知る。
あとがき
この記事を読んだ娘が、
あとからこんなことを言っていた。
「え? みんな自動でできるの??」
娘の中では、
やることを覚えて、
順番を整理して、
一つずつ意識して動かして、
崩れないように管理する
のが普通だったらしい。
だから、
自転車も、
「前を見る」
「ハンドルを握る」
「ペダルを漕ぐ」
「バランスを取る」
全部を同時に “手動” で処理していた。
娘は、
「オーダーがあって、
注文票があって、
やることリストがあって、
2つ終わって3個目をやると、
どれかが壊れる感じ」
とも話していた。
娘は長い間、
「どうしてこんなに疲れるんだろう」
「どうして同時にやると崩れるんだろう」
と感じていたのかもしれない。
私にとって「普通」だったものは、
娘にとっては常に高負荷な同時処理だった。
その事実に、
私は初めて本当の意味で気づいた。
メモ:
2026/6/10
掌が真っ赤。
膝が外にでてる。
曲がれないけど倒れずまっすぐ漕ぐことができる。
ハンドルを強く握っている。
全身に力が入っているように見える。
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