和歌や俳句は究極の省略文学
を昨日、投稿した。
すると「昔の歌人の歌は体言止めだらけですよ」といったコメントが寄せられた。
「和歌」と「文章」は違うし、その文章も古文と現代文ではかなり違う。
そうコメントを返した後、「あ」と思った。
以前に投稿した『日本人はなぜ短縮語(省略語)を作るのか?』の内容を思い出し、あることが閃(ひらめ)いたからだ。
日本人が短縮語(省略語)を作るのは「和歌」とか「俳句」を詠んできた伝統と関係があるのではないかと。
「和歌」も「俳句」も省略だらけで、「和歌」や「俳句」をそのまま外国語に訳したらとしたら外国人には何のことやらまるでわからないだろう。
今の日本人もそうだが、何事においてもはっきり言うことを避けることが多い。
はっきり言うと人間関係にヒビが入ると思うからだし、相手を傷つけるとも思って遠慮するのだ。
そういう忖度(そんたく)することに日本人は慣れてしまったのだろう。
これは、述語が文章の最後にくるという日本語の特性と関係があるかもしれない。
例えば英語なら、最初に「主語」があってすぐ「述語」がくる。
最初に結論を言ってしまう言語なのだ。
しかし日本語は違う。
最初に「主格(欧米語でいう主語)」があり、その後に「主格」が何をどう考えたのかとか見たのかとか、そういったことがダラダラと続き、最後に「述語」で文章(話)を閉める。
「述語」が最後にくるので、読み手(聞き手)は、最後まで読まないと(聞かないと)、その文章(話)の結論がわからない。
例えば「きみはこの考えに賛成できるか」と聞かれて、相手はダラダラと理由等を述べ立てて、最後に「できる」か「できない」のどらかを言う(書く)。
その「述語」が最初にくれば相手の考えや気持ちとかをすぐ飲み込めるので、その理由とかついてダラダラと相手が述べる(書く)のを安心して聞く(読む)ことができる。
欧米人は、結論を早く知りたい民族で、それでそういう言語を持ったのだろうか。
それとも結論が初めのほうにくる言語を持ったから、結論を急ぐ民族になったのか?
私としては、結論を早く知りたい性格だから「主語」と「述語」をくっつける言語を作ったと考えたほうがいいように思う。
対して日本人は「主格」と「述語」のあいだに、場合によっては長々とした説明などを入れる。
なかなか結論を言わない(書かない)のだ。
この特徴は、日本人の性格によるものなのか、またはその逆で、最後に「述語」を持ってくる言語を作ったからそういう性格になったのか?
私は前者のような気がする。
日本人はあいまいな言葉や表現を使う性格で、最後に「述語」(結論)がくる言語を持ったように思うのだ。
その性格は、周囲との調和を重んじる民族的習慣から養われたのではないだろうか。
ズバリと言ったり言いすぎるのは集団の秩序を乱すことになりやすい。
集団でなくふたりだけの場合でも、相手との関係にヒビが入らないように結論を最後に持ってくる言語を作ったのではないか。
そう簡単に言い切れるとは思えないが、当たらずといえども遠からずのように思う。
その習慣からなかなか結論に至らない言語を作り、その言語に慣れ、なかなか結論を言わないだけでなく、説明などでもあいまいな表現を好むようになったとは考えられないか?
そういう性格の民族なら、相手の言葉(文章)に隠されている真意を読み取ろうとする習慣も持つようになるだろう。
「和歌」や「俳句」は、そのような性格の民族でなければ真意を読み取ることが困難な文学だと思う。
日本で「和歌」や「俳句」が生まれたのは、省略した言語でも相手が真意を汲み取ってくれるからではないか。
言葉を削れるだけ削る「和歌」や「俳句」でも、日本人ならその真意をおおよそつかむことができる。
古代から日本人が「和歌」を好み、その後「俳句」も好んだのはそのためのような気がする。
文章を削ぎ落とすと余韻が生まれることがある。
日本人はそのことに気づき、いよいよ省略するようになったのではないだろうか。
例を挙げる。
古今和歌集の編纂者で歌人でもあった紀貫之(きつのつらゆき)の詠んだ有名な和歌である。
「ちはやぶる 神の斎垣(いがき)に這ふ葛も 秋にはあへず うつろひにけり」
意味は、「神社の垣根に生える葛も、秋には耐えきれず色が変わってしまった」ということらしい。
省略せずに文章にすると、「神聖な神社に生えている葛は神の力で常緑でありそうなに、秋の移ろいには抵抗することができず他と同じように葉の色が変わってしまった」となるだろうか。
もうひとつ挙げる。
「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香(か)に匂ひける」
意味は「あなたは、さてどうでしょう。人の気持ちはわからないけれど昔なじみのこの土地では、梅の花だけが昔と同じいい香りをただよわせていますよ」と長く、かなり省略されていることがわかる。
この「和歌」の背景には、「かつて、長谷寺に参詣するたびに泊まっていた宿に梅の花のころ、久しぶりに訪ねたところ、その宿の主人が『このように確かに、宿は昔のままだというのに』(あなたは心変わりされて、ずいぶんおいでにならなかったですね)と言った。そこで、そこに立っている梅の枝を折ってこの歌を詠んだ」ということがあるらしい。
とすれば、激しく省略されているわけだ。
「俳句」の例も見てみよう。
松尾芭蕉の句で有名なものである。
「古池や 蛙飛びこむ 水の音」から見てみよう。
読みは「古池や かわず飛びこむ 水の音」である。
意味は「古池にカエルが飛び込んだ水の音が聞こえるほど静かだ」である。
これはカエルが飛び込んだ音が聞こえるほど静かだということが省略されているだけである。
ただ、その光景が見えるような余韻のある句になっている。
次の句はどうだろうか。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
読みは「夏草や つわものどもが 夢の跡」である。
省略せずに文章にすると、「夏草が勢いよく茂っているなあ。 義経が死んだここは、武士たちが武器を取り、夢や野望を抱いて戦い、確かに生きて、そして死んでいった、その跡だ」ということになる。
「和歌」にしろ「俳句」にしろ、かなりの省略がなされていることがわかる。
どこで詠んだ「和歌」や「俳句」なのかを知らないと背景もわからず、日本人でも本当の意味に気づかない。
しかし「和歌」や「俳句」は、題を決めて詠むものなので、その場にいる人たちは背景についてある程度知っている。
そういう条件のもとで「和歌」や「俳句」は詠まれるものなのである。
つまり、小集団の中でのみ意味が通じればいいものなのだ。
近年は省略のスピードが加速している。
特に女子高生でその傾向が顕著である。
「女子高生」という狭い集団の中でのみ通じる言語では普遍的な言葉にはなりにくいかというと、日本ではどうもそうでないのではないかとも思える。
もともと日本人は狭い島国で暮らしてきたから、狭い集団の中でのみ通じる短い言語や表情や仕草だけで相手とコミュニケーションを取ることができるようになった。
その民族的特性があるので、「和歌」が生まれ「俳句」も生まれ、「女子高生言葉」も生まれているのだろう。
「女子高生言葉」は日本国内では普遍的なものになるかもしれない。
