視線は左と上優位(「視線誘導」)
私は今、千歳にある障害者就労継続支援B型事業所に通所している。
非常に真面目な事業所で、利用者(通所する障害者はそう呼ばれる)に本格的なデザイン技術を教え、この事業所のインスタ等を見た人がポスターやチラシやイラスト等の注文をしてくると、それを受けて利用者に作らせる。
つまり、利用者に仕事をさせる。
障害者就労継続支援事業所では1日4時間しか仕事をさせられないし、障害の重い人は1日2時間で帰ったりするし、週に2回しか来ないという人もいる。
そのため、納期の近い仕事は受けない。
最低でも1ヵ月くらいの時間をもらえる案件だけを引き受ける。
そういう案件は少ないだろうと私は思っていたが、安く受けているので、案外と注文はあるという。
1日4時間しか働けないから、勤務中、利用者は一所懸命にパソコンと睨めっこしているかキーボードを打つかタッチペンでタブレットにイラストを描いているかしていて、私語をする人はいない。
利用者ひとりに付き一台のパソコンが割り当てられていて、それらパソコンには有料のソフトがインストールされている。
相当に金をかけているのだ。
一般のデザイン事務所と変わらない。



前に通所していた障害者就労継続支援B型事業所では、作業は簡単なので勤務中にも私語が飛び交い、休憩時間ともなると職員も一緒になってギャーギャー騒ぎながらトランプ等のゲームをし、何人かはカラオケまでしていた。
私はひとり別室にこもってレザークラフトをしていて、彼らの騒音を迷惑に思っていた。
困惑したのは、職員から「仕事ではなく作業をしてください」と何度も言われたことだ。
私はレザークラフトを“仕事”だと思ってやっていて、売るために日々努力していた。
私ひとりだけが一所懸命“仕事”をしていると、他の利用者の手前、まずいと職員は考えたのかもしれない。
しかし今の事業所では“仕事”をさせてくれる。
デザインと動画の指導員が常駐していて、週に何度か外部の専門家がテレワークで講義もしてくれる。
若いのにとても有能なデザインの指導員は、私の作ったデザインを見て、「視線誘導がいいですね」と言ってくれた。
「視線誘導」という言葉を聞いたとき、「ああ、その言葉を使えばよかったなあ」と思った。
昔、編集の仕事をしていたとき、チラシやポスターなら、「見る人はまず左上から右に向かって見て、それから視線を下げてきて、真下も左から右に読む。大雑把に言えばZ形に読むんだと思う。そのことを考えてレイアウトして」とか言ってきた。
そんなとき、「視線誘導」という言葉を使って説明すれば相手が理解しやすかっただろうなと思ったのだ。
人間の目が左と上が優位だと気付いたのは、歌舞伎か何かのニュース映像をテレビで見たときだ。
花道が、観客席から見て左にあるのを見て、たぶん人間は左側に視線が向きやすいのだろうと思った。
横書きのポスターやチラシで、例えば真ん中に目立つ写真やデカいコピーがあれば、見る人の視線はまずそこに行くだろうが、内容をよく見ようとすれば、左上から右に見ていき、それから視線を下げていって、一番下も左から右に見ていくだろう。
(このことが本当なのか、実は確たる自信がないまま、後輩や部下に対して私は言っていた。今の事業所に入って、デザインの有能な若い指導員にそのことを尋ねると、「それは正しいですよ。横書きのものなら、人間の視線がZ形に動くのはデザインの常識です」と言ってもらえた。ホッとした)
しかし、日本の書籍の多くは縦書きで、右から左に向かって読んでいく。
昔は横書きの書でも、右から左に書いていた。
これは中国語の影響を受けたせいだと思う。
視線は左と上が優位なのに、日本人は横書きになることはなく、縦書きを守り抜いている。
不思議な民族だなと思う。
まあ2千年以上も縦書きの文章になじんできた民族だから、今さら横書きでやろうとは思えないのかもしれない。
しかし、人間の視線は「Z形」に動くのだから、そのうち日本語の文章も横書きになるかもしれない。
