閔妃暗殺・死姦事件を知っているか?(日本人の恐るべき犯罪)
明治になって日本は西洋諸国を真似て工業を興し、軍事大国を目指した。
幕末、徳川幕府はフランスの援助を受けて、西洋式軍隊を作った。
しかし旗本などの上級武士は刀ではなく銃を使うのを嫌った。
銃のようなものは足軽が持つもので、馬に乗る俺たちが扱うものではないと考えたのだ。
しかも銃隊は寝撃ちもするので、「俺たちに腹這いになって撃てというのか」と怒った。
フランス士官に命令されて整然と動くのも嫌った。
時代遅れの石頭だったのである。
仕方なく幕府は、爆打(ばくち)ちや無宿人など、いい加減な連中に銃を与えて訓練した。
訓練したのはフランス人である。
フランスは幕府に近づき、勘定奉行、江戸町奉行、外国奉行を歴任した小栗上野介(こうずけのすけ)の信頼を得て、小栗はフランスから借金してでも薩長と戦おうと考えていた。
戊辰(ぼしん)戦争でもし幕府が勝っていたら、日本はフランスの半植民地になっていたかもしれない。
小栗上野介は頭の切れる人物だったが、売国奴になることを想像できなかったのだろうか。

幕府を倒して明治政府を作った薩長の政府が、封建体制を崩して藩を解体して中央集権体制にした点では評価できる。
しかし、明治政府の実態は徳川幕府と根本のところで同じだったと言っていい。
天皇をかつぎ、政治は薩長の顕官たちが行ったからだ。
天皇は元首だったが、ほとんど飾り物、神輿(みこし)のような存在だった。
軍備が充実すると政府は清国に目を向けた。
そして清国に攻め入った。
侵略戦争を始めたのだ。
その次の日露戦争は祖国防衛のためだったから仕方なかったと思うが、清国にもロシアにも勝ったことで軍部も日本国民も狂ってしまった。
一流の国になったと喜んだのだ。
新聞まで戦勝を称賛する記事ばかり書いた。
新聞が国民を狂わせたと言っても過言ではない。
そんなころ、日本人は朝鮮で恐るべき犯罪に及んだ。
朝鮮を植民地にする15年前のことである。
朝鮮公使だった三浦梧楼とその部下たちが、信じがたい蛮行を平然とやってのけた。

李氏朝鮮晩期の高宗(コジョン)王の妃だった閔妃(ミンビ)を殺害し、しかも死姦したのである。
女性を殺害し、死んだその女性を犯したのだ。
繰り返すが、死んだ女性を犯したのである。
生きていれば犯してもいいというのではない。
殺して、なお犯したことが異常だと言いたいのだ。
人間のすることではない。
人非人である。
この事件は朝鮮半島では有名で、「乙未事件」と呼ばれている。
なのに、現代の多くの日本人はこの事件のことを知らないと思う。
これを知らずして韓国との友好や外交はない。
この事件については、以下の本に詳しい。
ぜひ読んでほしい。

この事件については、『「なぜ?」わかる世界史』でも取り上げられている。
参照してほしい。


その後の日本はもっとひどいことをした。
満州帝国を作って朝鮮半島と台湾を植民地にし、朝鮮人を兵隊にして戦地に送り込んだり特攻させたりした。
それらの悪行の根源は、エリート官僚だった軍部要職者、特に陸軍参謀本部にあった。
従軍慰安婦、強制労働とともに日本人は韓国に本心から謝罪しなくてはならない。
日中戦争、太平洋戦争で、日本軍はどれだけの他国人を殺害しただろうか。
特に日中戦争では、日本軍は中国市民に対して虐殺・放火・略奪・強姦をしまくった。
満州では、731部隊が細菌兵器や毒薬を開発し、主に中国人で人体実験をした。
つまり殺した。
日本政府は、韓国や台湾や中国に心からの謝罪と賠償をしなければならない。
(このことについては以下のページを参照)
日本政府は、太平洋戦争末期には、沖縄を見捨てた。
そもそも沖縄県民は日本の先住民だった縄文人の末裔である。
それを薩摩島津氏が征服して搾取するようになり、明治になって沖縄県になっても政府は沖縄県民を「土人」とみた。
だから太平洋戦争でたやすく沖縄を見捨てたのだ。
沖縄県民に対しても日本政府は土下座して謝るべきだ。
江戸期、松前藩は蝦夷地の各地に漁場を作り、民間業者に運営を任せた。
業者は先住民のアイヌの人々を酷使して儲けた。
松前藩は見て見ぬふりをした。
アイヌの人々も、日本の先住民である縄文人の血を引いている。
北海道開拓使は先住民だったアイヌの人々を「土人法」なる悪法を作って不毛の地追いやった。
その後もアイヌの人々は差別されつづけた。
日本政府は、アイヌの人々に対しても土下座して謝罪しなければならない。
