哲学は歌えるか:感情と構造を暗記する音楽教材という実験2
シャンソン編:固有名詞は歌えるか
文・武智倫太郎
実験1の演歌編でやったのは、『哲学は歌えるか』という問いに対して、まずスピノザで一点突破してみることだった。演歌という型に押し込むことで、『概念』を『感情の運動』として身体に沈められるかを試した。
では次だ。ここから先の主目的は、哲学がエモいかどうかではない。エモーションを哲学で語ることでもない。
目的はもっと露骨で、もっと実務的だ。『感情を構造として扱う系譜』を、固有名詞と中核概念のセットで体に入れる。要するに暗記だ。だが、ただの暗記ではない。圧縮暗記だ。
ここで問題が出る。スピノザ単体なら何とかなる。しかし、シャンソン編で押さえたいのは『スピノザの思想』ではなく『スピノザ以後の系譜』である。
シャンソン編で暗記したい固有名詞
・スピノザ
・シェーラー
・アーノルド
・ラザルス
・ラッセル
・ダマシオ
この固有名詞が、説明抜きで口から出る状態。さらに、その名が出た瞬間に『中核の構造』が一緒に立ち上がる状態。これがシャンソン編としてのゴールだ。
つまりシャンソン編のテーマは、『哲学は歌えるか』ではなく、『固有名詞は歌えるか』である。
シャンソンを選ぶ理由
シャンソンは、物語の器だと思われている。だが教材として見た場合、もっと重要な特徴がある。
1.反復で『音列』を固定できる。
2.サビが『暗記用の棚』になる。
3.固有名詞を意味ではなく音として保存できる。
固有名詞は文章だと滑る。滑るから注釈が増える。注釈が増えると暗記は死ぬ。だから逆をやる。注釈を減らして、サビに固有名詞を押し込む。名前を意味の入口にしない。名前を取り出し口にする。
教材設計
シャンソン編でやるべき設計は、感傷ではない。手順だ。
1.サビは『六人行進』で固定する。
2.各節は『一語タグ』で言い切る。
3.一語タグの直後に、最小限の説明を一行だけ添える。
4.各節の最後に、隣へ渡す『次は○○』を入れる。
5.情景描写は最小限。情景で泣かせると概念が逃げる。
この条件で作る。作品ではない。教材だ。
実証 歌詞プロトタイプ
タイトルは作業名でいい。ここでは『感情は構造だ』とする。
【サビ】
スピノザ シェーラー
アーノルド ラザルス
ラッセル ダマシオ
感情は 構造だ
スピノザ シェーラー
アーノルド ラザルス
ラッセル ダマシオ
名前で 持ち運べ
【第一節 スピノザ】
増減の構造
喜びは増える 悲しみは減る
感情は気分じゃない 存在の上下だ
スピノザ 増減の構造
次は シェーラー
【第二節 シェーラー】
歪みの構造
怒りが正義の顔をすると 価値が歪む
それがルサンチマン 毒が残る
シェーラー 歪みの構造
次は アーノルド
【第三節 アーノルド】
評価の構造
起きたことが感情を作らない
どう見たかが感情を作る 評価が先に立つ
アーノルド 評価の構造
次は ラザルス
【第四節 ラザルス】
手順の構造
脅威か 損か まず値踏みし
次に対処を測る 評価が流れる
ラザルス 手順の構造
次は ラッセル
【第五節 ラッセル】
座標の構造
快か不快か 覚醒か沈静か
感情は二軸で回る 地図の上で
ラッセル 座標の構造
次は ダマシオ
【第六節 ダマシオ】
身体の構造
理性は身体から離れない
身体の印が判断を押す 記憶が先に触る
ダマシオ 身体の構造
次は 最初へ戻る
【サビ】
スピノザ シェーラー
アーノルド ラザルス
ラッセル ダマシオ
感情は 構造だ
スピノザ シェーラー
アーノルド ラザルス
ラッセル ダマシオ
名前で 持ち運べ
この実験の合否基準
ここが曖昧だと、また『いい感じの詩』になって終わる。だから判定基準を先に書く。
合格は次の状態だ。
1.口が勝手に『六人行進』を回し始める。
2.名前を言うと、『一語タグ』が同時に出る。
3.『一語タグ』が出ると、『次は○○』が自動で出る。
つまり、『思い出す』ではなく『再生される』状態だ。この状態に入った瞬間、哲学史は暗記科目ではなく、運搬可能な道具になる。
次回予告
次はミニマル音楽編。ラッセルの二軸は、反復で定着する。ダマシオは、身体に落ちる。ここから先は、感情表現ではなく、記憶工学の話になる。
このシリーズは、哲学を歌にする遊びではない。感情と構造を、二度と落とさないための実験だ。
