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バスケ(Bリーグ)の生観戦に区切りという苦渋の決断。でも人生は続く。野球が専らテレビ観戦でもいまも楽しみ続けてるのと同じ。これからも楽しみ続ける姿勢であり続けると伝えたい(2026年8月)。【社会貢献】【エッセイ】



 バスケ(Bリーグ)の生観戦に区切りの決断。正直にとても悔しい、「やり遂げたよ、最後まで」と思えた上での区切りにしたかった。「B.革新」をこの目に焼き付けた上での区切りにしたかった。
 でもこれも自分の人生。「2026年5月17日、神戸のB2優勝を生観戦できた嬉しさ」は、自分の人生のハイライトと言い切れる。
 「出会えたたくさんの素敵な球団職員さん」に、特に最大級の「ありがとう」です。これからは「配信・テレビ・YouTube越し」になるけど、「バスケットボールへの愛は、これからも永遠にずっと続くから」です。




 最初に綴ります。

 「バスケットボール(Bリーグ)の生観戦を、2025-2026シーズン終了を持って区切りにする決断をしました。
 理由は『体力の限界』『資金の限界』『母親の看病』が複合的に重なったこと、加えて『自分自身の、年齢面を含めた将来』をも含めての、総合的な苦渋の決断・判断です。

 このnoteは、これからもずっと息長く続ける意向です。なぜなら、『自分自身(愛球人)が生きた証の、貴重な場所である』から。
 これからは、配信・テレビ観戦になりますが、野球(NPB)がコロナ前からずっと、もう7年ほどかな、配信・テレビ観戦に専念だけど、いまもずっと楽しみ続けている(noteでも、時折だけど野球のことを綴ってきた)。
 それと同じことです。『生観戦には区切りをつけるけど、バスケットボールへの愛は、これからも永遠にずっと続くから』と。

 正直に伝えると、『B.革新』になる今季(2026-2027)は、せめてこの目に焼き付けたいという、意地の感情がとても強くあったこと。それがなければ正直に、『神戸のB2優勝を、生観戦で見届けた、2026年5月17日、この日を最後にする』とスパッとできたのだろうと感じてます。

 2022年2月に、noteを開設してから4年半。バスケットボールのまとまった生観戦も、これと同じタイミングからです。
 フルシーズンでだと4年間。自分は関西圏でして、生観戦の球団でだと「京都」「大阪」「神戸」「奈良」の4球団。この4年半は、夢のような時間だったと正直に感じてます。

 せめてあと1年は、楽しみたかった。せめてあと5年ほど、自分が若ければ(この8月で、42歳になりました)。これが正直な本音です。
 完全燃焼して、区切りをつけたかった。それができなかったのが悔しい。
 でもこれも、自分の人生。『これからは配信・テレビ・YouTube越しになるけど、バスケットボールへの愛はずっと永遠であるから』と。

 引退や卒業という言葉を使わないのは、正直に、せめてもの意地です。『心の愛は、ずっと永遠であるから』を含めて。でも、『やり遂げたよ、最後まで』と実感できた上での区切りでありたかった。
 ですけど、『2026年5月17日、神戸のB2優勝を生観戦できたこと』『愛莉さん(神戸のアシスタントMC、福永愛莉さんのこと)と、優勝の景色という最高の喜びを分かち合えたこと』『優勝を決めるラストシーンが、谷の右45度の3P成功であったこと』、それを叶えられただけでも、とても幸せなことであった、それ自体だって『当たり前ではないこと』であるから。
 この『人生のハイライト』を叶えられたことだけでも、よかったと思おうと。なぜなら、これからも人生はずっと続くから。

 出会ってくれたたくさんの人間に、『ありがとう』です。特に、『自分と温かく接してくれた、4球団(京都・奈良・神戸・大阪)の、それぞれの球団の職員さん。とても素敵な職員さんと出会えたことは、人生の心の永遠の宝物です』。
 だからこそ、正直にとても悔しい。『やり遂げたよ、最後まで』と思えた上で、区切りでありたかった。それができなかった自分自身に、正直にとても悔しいでもあります。

 でも、これからもnoteはずっと続ける意向です。自分なりの発信を、これからも長く続けたい、なぜなら、意欲はずっと燃え続けているから。1人の人間として、伝えたい想いがあるから。生きた証を、どうしても遺したいから。読者の皆様、これからも自分(愛球人)を、何卒よろしく御願い申し上げます。

 2026年8月14日 愛球人(あいきゅうじん)」







 2025年の夏。このあたりから、「区切りが恐らくそう遠くないうちに訪れる」、ずっと心の中で意識し続けてきました。
 「この8月で42歳になった、年齢的なこと」や「この3年半の、急激な物価高への苦しさ」に照らせば、「B.革新をこの目に焼き付ける」を捨てられれば、「やり遂げたよ、最後まで」と心に実感できた上での区切りを叶えられたんじゃないか、という後悔が正直にあります。

 この4年半は、自分自身を大きく成長できた時間になった。そう「2011年9月~2015年3月、東北(東日本大震災)の復興支援活動に向き合い続けた、3年半の時間」のときのように。
 でも、だからこそ正直に悔しい。「2025-2026で、生観戦に区切りをつけるを基本線に、可能ならもう1年の延長戦としよう」とスパッと決断できなかった、「『B.革新』をこの目に焼き付けたい」に心の中でしがみ続けてしまった、その意味で「自分自身の心の弱さ」であるのです。


 「やり遂げて、燃え尽きて、終わりたかった」。これがいまの、正直な本音です。
 でも、人生はこれからも続く。最終的な決断になった大きな理由の1つは、「この8月で42歳という、年齢的なことを含めての、自分自身の将来のこと」です。

 そもそも、2025年11月に、いまのPCに買い替えたとき、「このPCの保証期限がきた4年後、つまり2029年秋での次のPCでは、どのみち大幅なダウングレードは不可避である」ことはわかっていた。
 これから先の人生を、どう生きるのか。自分は身体が弱いので、「50歳まで生きている自分自身を正直に想像できない」であるけど、それでも現実論は「10年程度は生きていかなければいけない」と。それをも含めての決断をしなければいけなかった、これが正直な感覚なんですよね。


 「配信・テレビ・YouTube越しに観ながら」と、スタイルは変わることになるといっても、バスケットボールへの「愛」「想い」はこれからもずっと自分の心の中で貫かれ続ける訳です。
 これは野球が既にそうであるのだから、あるいはNBAが物理的にそうであるのだから、配信やYouTube越しに楽しむに専念すること自体は、いずれ時間の経過と共に、すっと受け容れていけるのかなと感じてます。

 むしろ正直に、自分自身の中での「未練」が強烈に残っているのは、
 「地道に積み上げた人間関係、特に『心の原動力になってきた、何人もの球団職員さん』に、もう会えないこと。」(特に京都、奈良)
 これが正直に大きいと、心が強く反応してるのです。

 あるいは、素敵なチアリーダーさん。京都のAYAMIさん、SAYAさん(AYAMIさんはかつては大阪に所属していた)。神戸のSAKIさん。奈良(かつては京都に所属していた)のKOMACHIさん。
 彼女たちにもう会えないことも、正直に寂しさが強いです(まだ京都は今季のチアのメンバーを発表していないが、AYAMIさんもSAYAさんも、卒業を発表した訳ではないので、今季も続行でしょうから。

 「先のことはわからない」であるのです。「自分自身のこれからのこと」「母親の看病のこと」に、しばらくは心の重心である訳ですが、これらが落ち着いて、いつの日か改めて、何らかの形でバスケの試合会場にいる(とはいえ、年齢的なこともあり、いままでと同じようなスタイルは恐らくもうできないから、未練が募るであるのですが)が叶うとより嬉しい、いまはこのささやかな希望を心に、これが正直な想いです。


 ですけど、自分自身がより得意としてきたのは、
 「選手編成・チーム編成」「データ分析(選手・チームの特徴)」
 これは野球でもそうで、「生観戦ができなくてもできること」であるのです。一方で、細かい「戦術論」的なことは、言及できるところはするかもにせよ、「より自分が好きなこと・得意なこと」に意識を傾ける、これからもnoteを続けるにあたってだと、恐らくそうなっていくだろうと感じてます。

 尤も、「社会・人間のこと」にも比重を持ちたいといままで意識付けてきたでもある訳で、「バスケットボール」「野球」以外のことも、少なからず執筆してきたでもある訳です。
 それをも含めて、「これからもずっと、noteでの発信を、地道に息長く続けたい」である感じなんですよね。


 いままで綴ってきたnoteに比して、文字数が少ないこと。
 「いま書ける気力を振り絞って」、これが正直な感じです。

 「やり遂げたよ、最後まで」。自分が大好きな、『ラブライブ』(μ's)アニメの2期13話の言葉であり、『ラブライブ』シリーズの中でも、「名言の1つ」といわれてます。
 この「やり遂げたよ、最後まで」と思えた感じで終われなかった悔しさ。
 「後悔しない、未練を残さない」。それがより理想の生き方であるはずなのに、いまこの自分の文章は「未練を隠そうとしてない」であること。それがなおさらに、「虚しさ(むなしさ)、悔しさを増幅させてる」が正直な感じです。


 ですけど、この4年半という時間は、「永遠の心の宝物」であるのです。実際、いろいろな記憶は、これからの自分の心の支えにもなると感じてます。


 「2026年5月、神戸のB2優勝」。

 「2024年12月・2025年4月、島根(松江総体)での、独特のすさまじい熱量を体感できたこと(大好きなSEINAさんの雄姿を目に焼き付けられたことも、心の宝物です)」。

 「2023年12月。京都が宇都宮に勝利できたこと(まるで優勝したかのようなあの歓喜の景色は、いまも強烈な記憶であり続けてる)」。

 「2026年1月・2月、島根のチア(アクアマジック)が、京都の本拠地に来場したこと(しかも8人中7人が参加と、事実上の満額回答であったという嬉しい驚きに)」。

 「『ジーライオンアリーナ神戸』という、自分がずっと夢見てきた『NBAの会場のような空間』での生観戦を叶えられたこと」。

 「いろいろな選手を楽しめたこと。特に、フィリピンの英雄であるマシュー・ライトが、京都に所属した2年間(2022~2024)は、その勝負強さを含めて、数字以上の素敵な記憶であり続けること」。


 はっきりと正直に「悲しい」「寂しい」「虚しい」。
 「あと3年~5年ほど若かったら」、正直にそう強く感じてる。

 でもこれも、自分自身の人生である訳です。人生の心のハイライトを持てただけでも、幸せであったと。それを心にこれからも生きていく意味でも。

 これからも、noteをずっと、息長く続けます。
 だから「ありがとう」を伝えたいけど、「さようなら」ではないとも伝えたい
 心の灯(ともしび)は、これからもずっと燃え続けていますので。いわば、いるフィールドが変化するだけであると言い聞かせたい。



 せめてもの救いがもしあるなら、自分が大好きな1人である、「ラス」「西ブル」こと、「ラッセル・ウェストブルック」の引退の翌日に、区切りの発表ができたこと。これも正直に「ご縁」であると感じてます。



 むしろ寂しさがより強くあるとすれば、

 「天王寺(大阪)と三宮(神戸)の『半2拠点生活』に区切りになること。」

 正直に言うと、バスケットボールの生観戦に区切りと同等以上に、この「半2拠点生活への区切り」(2025年の年明けから、1年半ほど)が、とても強い寂しさとしてあるんですよね。

 ですけど、「これも自分自身の人生」。そう、「これからもずっと、人生は続いていく」。
 それに、「これからの自分自身の時間のために、この苦渋の決断になった」であるのだから、いまは悲しみが正直に大きいけど、「あとで振り返ったときに、このタイミングでのこの決断が必要なことだったんだ」と思えるようにしなければいけない。


 先のことはわからない。でも「生きる意欲、生きる灯は、ずっと燃え続けているのだから」と。

 できる時間の中で、noteでの発信を、息長く続けたい。それが、自分(愛球人)が、この社会に生きた証(あかし)であるのだから。

 先程にも伝えてますが、「ありがとう」を伝えたいけど、「さようなら」ではないからと。

 ですので、「ありがとうございます」と共に、「これからも、何卒よろしく御願い申し上げます」と申し伝えて、この文章を閉じさせて頂きます。
 生観戦に区切りであっても、心の想い・灯は永遠であると信じて。


 【社会貢献#22A】【エッセイ#81A】

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