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戦後思想

私は戦後思想の影響は、あまり受けていないが、戦後80年なので書いておこう。

加藤周一

東大医学部の卒業生で、文学者としても成功したので、小鷗外と言われていた。中国では世界的知性ということになっていたらしい。

電車の中だけで、ギリシャ語やラテン語の単語を覚えた話が出てくる。ギリシャ語・ラテン語というところが普通の人とは違う。ドイツ系の奥さんとドイツ語で生活していて、テレビでは、サルトルとフランス語で対談していた。サルトルは「加藤は話せる知識人だ。」と語っていたという。



この本で、加藤周一は評論家としての地位を確立した。

日本とドイツの文化は雑種であるが、イギリスとフランスの文化は純粋種だという主張がなされている。雑種には犬を見ても、ランクが落ちる意味があり、この主張は、敗戦により自信を喪失していた日本人には受け入れやすかったのかもしれない。しかし、今の時代から見ると、これは変である。

イギリスにはアングロサクソン要素だけでなく、ケルト要素もある。またフランスにはラテン要素だけでなく、ゲルマン要素もある。イギリスもフランスも純粋種ではない。


加藤の本で後世に残りそうなのは、『日本文学史序説』だろう。対象が広く、狭義の文学だけを扱っていない。聖徳太子や道元は名文家だという部分が出てきて、興味深い。

この本で加藤は、日本文学の特徴は、「外来の概念的装置によって客観的世界を見出そうという企て」「内面的直接経験における自己同一性の確認」「権力に対するイロニーとしての芸術」という側面にあるとした。聖徳太子は権力者だったから、権力云々は当てはまらないが、外来の概念的装置の方は当たっているだろう。


日本人は感傷的であるというのが、この本の主張である。映画の宣伝に「泣ける」という文字が、しばしば含まれることが例として挙げられている。海外でも「泣ける」映画には一定の需要があると思うが、日本は特に多いかもしれない。

この本で、友人が戦争で死んだことが、戦後思想の出発点だったことがわかる。今は戦後思想は顧みられることは少なくなったが、日本が再び戦争をし周囲の人が戦死すると、顧みられる時が再来するかもしれない。

加藤は1988年に火垂るの墓の映画を観ている。少女の死を正当化するいかなる思想も認められない、と言っている。この点は、私も同意したい。

加藤は、戦後思想の代表的な人だったのであるが、日本人論や日本文化論が多い。戦後思想としてではなく、日本人論、日本文化論として残っていく可能性がある。

お読みいただき、ありがとうございました。



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