戦中派不戦日記を読んで圧倒されています
ということで山田風太郎先生の戦中派不戦日記をこつこつと読んでおります。
……いやあ、すごいですね。何がすごいって、この日記は1945年の1年間の風太郎青年(23歳 医学生)の記録なんですが、
・東京大空襲
・沖縄戦
・広島、長崎への原爆投下
・ソ連参戦
・敗戦
がリアルタイムで記録されてるんです!
しかもそういった戦争の悲惨な現実がありながらも、日常生活はちゃんと営まれている……という生々しいまでの現実が描かれています。
B29による空襲があった翌日、浅草まで都都逸を観に行く……という、なんでしょう、現在を生きる我々からだと、ちょっと想像できない日常ですよね。でもきっとウクライナの人たちは今、それに近い状況なのかな……などと想像したりもします。
しかし意外だったのは、一見シニカルで冷めた視線を持っている風太郎青年でさえ、玉音放送のあと「あと3年は戦うべきだった」「最後のひとりまで戦うべきだった」という主旨の記述をしていることです。軍国教育おそろしい……。
しかしこんな体験をリアルにしたら、国なんて信じられなくなりますよね……。
でも個人的に一番印象に残ったのは、八月二十六日の日記でした。
ちょっと長いですけど引用します。
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二十六日(日)曇、時に照り時に降る
暑さ戻る。蝉声ものうし。
本日より横須賀を中心とする東京湾に米軍の進駐始まる予定なりしも、同地方に台風通過して四十八時間延期せらるることになれりと。
「青年は冷笑的になる。しかし彼のシニスムは裏切られた理想主義、夢と現実との背他の結果である。それは凡ゆる生涯、とりわけ優れた生涯に於ける悲劇的な時期である」
――アンドレ・モーロア
○夜ふけまで月を見る。
赤石山脈より上りし蒼き月輪やや欠けたり。月面水盤のごとく澄みて、その山その海ありありと見ゆ。蒼々として黒き大空に黄金色の量を作る。雲無数に乱れとび、雨一過また一颯。月現わるれば清光窓より入りて冷たき縞を編み、墓は人魚の魚鱗のごとくひかり、空気は水晶のごとく透き通れり。夜半二時、月すでに上りて中天にあり、窓より見る能わず。ただ白羊のごとく流るる無限の雲より、赤味を帯びたる星一つ、宇宙の蒼海中にきらめく。雲の動くゆえに星の動くがごとく、あたかも神秘なる世界の果てを、美しき霊のいずこにか召されて急ぐがごとし。―――吾は実に何も知らざるなり、この感、深々と胸に落つ。
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敗戦直後の陰鬱とした日常の中で、不意に自然の美しさが胸に迫ってくる……この部分に、なんでしょう、人間が人間たる所以をちょっと感じてしまいました。
うまく言えませんが……。
では皆様、今日も良い一日を。
