最近の気づきと楽しみ。電子機器と自分について考えたりする
今日はほんの少しツイてないことがあった。でもまあこれも勉強になった、と捉えることができたし、今できる最大限のことを自分はやったので、あとは成り行きに任せようと思う。
何かこう、ちょっとしたことで「行手を阻まれている」と感じると、悲しくてやるせなくなることも今までにはあった。でも、何回かパターンを学習して、今は多少想定外なことがあっても「あ、そっちじゃないのね」と方向転換できるようになってきた。方向転換といっても、大幅な方向転換ではなくて、ちょっとした思考や行動の切り替えだ。あるいは、「今回はだめだったけど、これはやっぱり自分にとって大切だと思うからもう少し粘ってみよっか」と、自分なりに見極めて冷静に対応できるようになってきた。少なくともどんな状況でも、何かしら前向きな切り替えができるようになってきたのはいい成長かなと感じている。
またこれは思い込みなのかもしれないけれど、実は私は電子機器や家電とあまり相性が良くないような気がしている。スマホやパソコンに関しては、もう慣れているし、特に問題もないのだが、それでもあまり電子系に頼りすぎると、なぜか何かが壊れたり不具合が起きたり拒絶されるように感じることがある。最近導入したミキサーとはなぜか相性があまり良くないし、倉庫の仕事で使うハンディとかも、ちょっと苦手。それから前の職場ではアプリケーションの開発などに携わっていたのだが(動機は色々だったけれど、なんだかんだ最新の技術を攻略したいという気持ちが根底にあった)、その時もパソコンに全て頼りきっている感覚?に漠然とした不安を感じていた記憶がある。実際、なぜか私の使っていた社用PCがアプリ開発するにはあまりに重すぎて業務が進まないことが多々あり、じれったくなったりしていた。毎日ちょっとやるせない気持ちになりながらどうすることもできずパソコンが動くのを待っていたな…。今考えたらパソコンのスペック不足だった(その会社では新卒で技術職に配属される人はほとんどいなかったので、そこまで高スペックではないものを最初に貸与されていた)というのもあるんだろうけど、なぜか私は、スペックが高い電子機器を使うということに対しても恐怖心のようなものがあって、それは今も変わらない。
脱線しそうになったが、実は最近、語学学習のために電子辞書の追加コンテンツ用のカードを中古で買ってみたら、なんと見事に挙動がおかしかった。ちゃんと本体と対応するものを買ったのだが。まあそんなこともある。辞書は紙派なのにも関わらず、効率をあげようということで買ってみたが、そもそも紙の辞書でもまだまだ全然頑張れてないことにも気づいた。多分本当は紙の辞書で非効率だけど心が燃えるような学習がしたいのが私の本音である。それに、電子辞書だとそれはそれで不便なところもある。というか、私の場合は電子機器の利便性や効率性よりも文字の見づらさや若干のタイムラグによるじれったさが勝つことが結構あるんだよな、ということにも気づいた。
あと、なぜかよく分からないけど、オンラインな感じが少し怖い。話が少し飛びすぎているか。例えば、色んなアプリケーションにおいてオンラインかどうか分かる機能があるが、あれはとても苦手だ。なんでか、監視されているような感じというか。だったら、職場で対面のコミュニケーションをしたい派だ。ああ、色々思い出してしまった。そうそう、あとボタン一つで全てが決まってしまう感覚も苦手で、メールの送信、とかマイクのオンオフとかもいちいち胸がどきどきしていた記憶がある。別にそれに関してトラウマとかがなくても、脳が勝手に想像してしまうのだ。
でも、なんだかんだで、電子機器にはしっかり浸かってる人間でもある。私はただひらすら、タイピングが好きである。たまに、簡単なタイピングゲームを気分転換がてら楽しんだりしているし、キーボードには若干だがこだわりがある。と言いながら、この文章はスマホで打っている…。でも、紙も好きだ。何の話だっけ。私は結構、気分転換だ気分転換だといって、心が脱線したり気が散漫になることも多い。
そうそう、最近はとあるゲームの実況動画に再ハマりしている。それがSubnautica2という異世界の海のゲームで、前作も実況で見ていたのだが、新作もとんでもなく面白い。でも私は実際にゲームはほとんどプレイしない。実況動画で満足する。でもこのゲームはあまりに気になってしまい調べてみたけれど、このゲームを快適にプレイするには数十万のゲーミングPCが必要だったりするらしい。ひえぇ。これにお金や時間をかけれないと悟った私は、YouTubeという楽園でひたすら手軽に世界観を味わわせてもらっている。極論自分でプレイできなくても、世界観が味わえればいいのだ。というかこんなのプレイしてしまったら、一生分の時間を溶かすのではないか…?とまで思うけど、多分実際プレイしたら自分には難しすぎて、早めに断念するのだろう。いや、どうだろうか。無限の時間とプレイ環境が用意されていたら、一生かけて、は言い過ぎかもしれないが、かなり本気でやるかもしれないな。
ふう。なんだか最近は、こんなワクワクもありつつ、深層心理に触れる多彩な悪夢とも付き合いつつ、仕事や日常ややりたいことをやりくりしつつ、心が穏やかになったり、大きく揺れたり。ってこれは最近のことでもなくて、もう何年もずっとだなぁ。でも、それらを上手く回せるようになってはきている。
でもやっぱり暖かい季節は若干こう、エネルギーが良くも悪くもぐるぐる速く回りがち。でも、やっぱり去年より上手くやれてる感じはある。うん。この調子でいいかもしれない。あんまり、アクセル踏みすぎず、ほどよくやっていきたい。
大きめの作品の執筆に関しても、これは段々分かってきたことだが、本格的なスタートを切る時と執筆の後半に差し掛かった頃に心の逃げモードが発動しやすい。今は前者。スタートで立ち止まる理由は、まっさらなキャンバスの上で可能性や選択肢がありすぎる中、描くものを一つに確定するということが妙に怖いからで、後半で苦しくなるのは、もう逃げられないという窮屈さに発狂しそうになるからだ。まあもうパターンが分かっているので、それも乗り越えながらやるだけだ。
と言葉では言うが…いや、やれ。
頑張れ、私。負けるな、私。でも壊れるな、私。
ではでは。またね🍀
