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たねのねた

 死とか、そんなのダサいんで
 圧縮された時間をくださいよ。



 文章の引き出しが少ないことを自覚し、また友人からも指摘されたので、文章の宝物庫である青空文庫へアクセスしたのだが、まさかその際にゲームの広告が入るなんて知らなくて、まぁ待っている間暇だしと、試遊版をプレイし始めたら、そのまま一面をクリアしてしまった。色とりどりの液体が層になって沈殿する瓶の中身を、色ごとに分けていくゲーム。存外楽しめたが、楽しんだせいで太宰治の「葉」を読みきれなかった。小さな満足が、達成感を遠ざける。

 高校時代、日本史を専攻していなかった大学の友人たちに、旗本/譜代/外様大名の違いを説明した際の自分
「えっと、つまりこの集まりで言うと僕が外様で……」
 自分で言ってて哀しくなった。
 だけれども言い得ては、いる。
 どの集まりにおいても、自分は外様であるという気分が抜けない。いつだって「君たち」+「僕」だ。「俺たち」にはなったことはない。僕はまだ連帯感の味を知らない。

 HIPHOP文化の中で、挨拶の一環としてハンドシェイクや肩をぶつけ合っているのを見るとたまらなくなる。ぴーす、ゆにてぃ、らぶ。僕も誰かとそんな風にして、溶け合いたいよ。

「寂しかった」
 その蜘蛛のような化物は僕に向かって言った。一体どこからそんな声を出すのか(どこに発声器官があるのか)、ソイツが発したのは久しぶりの再会を果たした恋人に向かって吐露するような切なさを含んだ声だった。
「うぁ……あぅ……あ」
 そんな間抜けな返事しか出来ないのは、神経毒を流し込まれ口の筋肉が麻痺しているからだ。いや、口だけじゃない。全部だ。手も足も指の先も、その全てが僕に反逆し、脳から送られる命令の尽くを無視していた。肉人形と化した僕の身体は、いつの間にか上空へと吊り下げられる。蜘蛛に似た、しかし、それよりも遥かに醜悪な何かは、人間の子どもの形をした下半身──その空洞となっている右目から糸(糸というにはあまりに弾力がありすぎる筋繊維や神経を彷彿とさせる何か)によって、僕の体を巻き取り、触手で身体を弄び、牙で身体を血の出ない程度に噛んでは、その巨躯を悦びで震わせていた。
 犯されている。
 
性交渉の経験が無い当時の僕でも、そのことだけは理解できた。

「反出生主義という言葉は格好が良すぎやしないか? ただの臆病風に吹かれた人間の集まりに、ご立派なネームプレートをつけるべきじゃないと思うけどな。トクリュウと同じだ。お下劣金泥棒と呼べばいいところをトクメイリュウドウガタハンザイグループなんて勿体ぶったい言い方をするから、やるやつが増えるんだ。反出生主義者も、ヴァージン連合とでも名乗ればいいじゃないか」

「じゃあお前らは無責任中出しサークルだな」

 数学の授業で、先生の言っていることが何一つ分からず置いていかれる夢をよく見る。最高得点15点だった頃の、皆にとって自明なことが自分には何も分からないという、あのしみったれた感覚を夢の中で何度も何度もリフレインするのだ。……今は、目を空けたままそれを味わっている。

 そのゴーレムを構成しているのは古墳作りに使われていた土だった。すなわち、殉葬の風習がまだ残っていた頃に流されたおびただしい量の血が染み込んだ土だ。ゴーレム使いの阿鼻煙郎(あびけぶろう)は、さぞかし、凶暴なゴーレムが生まれるのではないかと期待した。怨恨に満ち満ちた殺人ゴーレムだ。しかし、期待に反して、誕生したゴーレムはあまりにも穏やかだった。人間はおろか、虫の一匹も殺そうとしない。そして、石室の中にかつての主の遺体が納められているのを確認すると、そのまま土へと還ってしまった。

クリスマスとか大晦日が好きなの
だって、
全てを許したいような気がするから

「こちらは廃品回収車です。ご家庭で不要になりました、テレビ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、パソコン、モニター、プリンター、扇風機、ストーブ、ミシン、CDデッキ、コンポ、ゲーム機などの電化製品や、バッテリー、モーター、タンス、編み機、アルミホイール、自転車、バイクなど大きなものや重たいものなど、どんなものでも回収いたします。壊れていてもかまいません。ご不明な点がございましたら、お気軽にお声がけください。」

そう言っていた癖に、僕が荷台に乗り込もうとしたら叩き出されてしまった。

嘘つき。

 愛猫が扉の縁に頬ずりしながら鳴いているのは、構ってほしいというサインだ。腹の上に乗るのはお腹が空いたということ。
 絶対に自分よりも妹の方が甲斐甲斐しく世話を焼いているのに、どういう訳か猫は僕の方に懐いている。
 どうして猫に懐かれているのか分からない。が。その分からないを分からないままにしておくと、いつか大きな後悔をすることは知っている。なんとなく一緒にいたい、なんてことはありえないんだ。猫も、そして人も。

 眠っている女の子が好きと言ったら、じゃあ死んでる子が一番可愛いねと、あなたが

 ずっとニセモノだと思っていた観葉植物がホンモノであったことを葉が落ちたことによって知った。トイレの窓に捨て置かれ、ほこりを被っていたのにね。ちゃっかり生きていやがった。

 一方で

 妹が「きっと永遠の命を得たんだよ」と茶化した去年の冬から梁に止まったままのカメムシは、とっくのとうに御臨終なのである。

 大した悩みはないのに、大したことはない問題で悩んでしまう。もうこれは宿痾みたいなもので、勘繰り訝しみ嫉妬憤慨が粉瘤となって僕の全身を覆っている。コブコブの身の全身瘤人間。覚醒したら自我が瘤に乗っ取られるので、要注意コブよ。

 なーんて、ありがちな展開に屈さず、主導権はあくまで自分でありたい。たぶん、冬虫夏草もキノコに乗っ取られるか否かの綱引きをしている時が、一番生きているって感じがしたはず。
 

 煙草、あと3本も

 なんかいけそう


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