『いつもの』は、家庭によって違う話
「ふりかけご飯しか食べないんですよー」
の言葉を聞いて、ちょいと身構えた。
白いご飯が苦手で、ふりかけかけないと食べられない子は、別に珍しくもない。
給食で出るのは、ほとんど白ご飯や麦ご飯。
ふりかけは年に数回しか出ない。
園で生活しているうちに、段々なれてきて、
主菜や副菜と共にそのうち食べられるようになる子も、珍しくはない。
逆に、白米しか食べられない子も、いまは珍しくもない。
私の住む地域では、園(幼児)・小学校・中学校の約12年間同じ給食を食べる。
とくに年少は、12年のスタートだから、まずは「キライ」ではなく、「なんだろう?」と興味を持ってもらうことに重きをおいていた。
興味を持てば、食べたくなりやすい。
苦痛な時間となったら、そこから挽回するのは難しい。12年は長い。
そんな中で、出会ったその子も、白ご飯が苦手だった。
その子は、時間が経っても、なかなか給食のメニューになれることもなかった。
ある時、家庭から白ご飯に、いつものふりかけをかけて持ってきてもらったことがあった。
驚いた。
私は小さな常識の中で生きていたんだな。と思った。
大袋のふりかけを、ひっくり返しちゃったのかな?というくらい、小さなご飯の上に『ふりかけ』がかかっていた。
ふりかけの個包装が一回量だとするのならば、2倍以上かかっている気がした。
これは、どうにか1口でも食べさせるために、必死に奮闘した結果なのかもしれないし、もしかしたら、おうちの方もこの量で育ってきて、それが日常なのかもしれない。それは分からない。
健康面や味覚への影響など、そんなことは、百も承知なのかもしれないし、知らないかもしれない。
それ以上に、私は、
「この子、給食いままでどんな味がしてたんだろう…」と思った。
給食の時間を思い出すと、
この子がおかわりをするときは、主菜や副菜に、ソースや醤油などをかけるときだった気もした。
給食は、薄味だとは思わないけれど、濃い味付けでもない。
日本食は、ご飯より主菜や副菜の方が味が濃い。
ところが、あのふりかけご飯より塩味の強い味付けのオカズは、多分出ていない。
あの子にとって、給食は、どんな味だったのだろうか。
配膳され、いただきますをしたあと、毎回手が止まり、そこに数十分座り続ける。
よく頑張って座っていたな。と思った。
そんな背景を想像できたら、子どもにも、おうちの方にも、違う声かけが出来たよな。と、いまだから思う。
家庭によって、『いつもの』の基準は大きく違う。
この基準は、私の思い込みかもしれない。
と思えたら、やれることが増えるんだろうと思ったことがある。
そして、
ふりかけご飯しか食べないと聞くと、背筋を伸ばさなきゃと、ちょっと身構えることが、私にはある。
