掌編 「ジェネシス」 #シロクマ文芸部
洗面所で、カワウソがゴシゴシと顔を洗っていた。
器用に俺の洗顔料をプシュッと押し、片手に泡を受けると、丹念に鼻鏡をこすり始める。
「ウソ?」思わず声が出た。
カワウソはギュンっと振り向き、「いや、カワウソ」と言ってニヤリと笑った。
振り向きざま、泡がキラキラと舞い、その刹那に鼻の輪郭が露わになる。ローマ字の「W」。
無類のカワウソ好きの俺は確信した。コツメカワウソだ。
「君はコツメカワウソ?」
まん丸の目を見つめる。
「僕は君のペットだった……いや、未来でペットになる? ん? ん? まあいいか、とりあえず時間がない。君は映画『ターミネーター』知ってるだろ?」
「ああ、もちろん全シリーズ観たよ」
「アレのツーだ。アレがこれから起きる。僕がシュワちゃんで、ギラギラ液体野郎がそろそろ到着する」
「え? 君がシュワちゃんなの? じゃあ、サイボーグ?」
「いや、僕は未来で君のペットのただのコツメカワウソ。君はサイボーグを送ろうとして、間違って僕を過去に送ってしまったわけ。未来でも君はおっちょこちょいなんだ」
「え? 俺を守ってくれるわけじゃないの?」
「うん、だってコツメカワウソだもの」
その時だった。
ピシャン、ピシャン――。
リビングに青白い電撃が走り、球状のエネルギー場から全裸の人間が出現する。
地面に膝をつき、片手を床につけた、あの独特の「しゃがみ込み姿勢」。
無表情のまま周囲を見回し、ゆっくりと立ち上がる。
一切の感情がない冷徹な視線が、まっすぐ俺に向けられた。
反射的に俺は洗面所へ走った。
―あれ? カワウソがいない!
風呂場を見ると、湯船に張った水の中へ逃げ込むところだった。
「ウソー!」俺は叫ぶ。
「いや、カワウッ……プクプク、ポコポコ……」
親指を立てながら、ゆっくりと進水していった。
「No fate……」俺は呟いた。
完
(本文750字)
あとがき
小牧幸助さんの企画『シロクマ文芸部』のお題で書きはじめるnote企画、お題「洗面所」に参加させて頂きました。パロディ掌編に初挑戦。書きやすい。めっちゃ書きやすい。また書くかも。
